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INTERVIEWインタビュー

もっと社員は幸せになれる。いまの時代に求められる「デキるマネージャー」の思考

澤円さわ・まどか
株式会社圓窓代表取締役/元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員/武蔵野大学専任教員/琉球大学客員教授/株式会社日立製作所Lumada Innovation Evangelist/SBテクノロジー株式会社社外取締役

チームのメンバー(部下)にとって、評価権限や決裁権を持つマネージャー(上司)の影響力は、良くも悪くも大きい。メンバーが最大限のパフォーマンスを発揮し満足度高く働くことができるか、あるいは、ストレスに悩まされ心身の健康状態を害してしまうかはマネージャーの手腕によるところが大きく、「健康経営」の実践においても重要なファクターとなる。いまの時代における理想的なマネージャーの姿とはどんなものなのだろうか。元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員で、現在は株式会社圓窓の代表取締役を務める澤円氏に聞いた。

構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人

マネージャーが「上司」であろうとすると、事業にリスクが生じる

——ビジネスパーソンにとっての仕事の満足度や生産性は、直属のマネージャーの力量次第で大きく変わると考えられます。澤さんの考える、「デキるマネージャー像」について教えてください。

澤円:わたしは、企業からお声かけいただきマネジメントに関する講演をする機会も多いのですが、「『上司』という表現をやめませんか?」と伝え続けています。上司、つまり「管理職」や「マネージャー」はあくまでも「役割」に過ぎず、偉くない存在として役職を再定義しようということです。わたしが思うマネージャーとは、学校に置き換えればクラスの「学級委員長」のような存在です。学級委員長が自分の心の内で誇りを感じることは勝手ですが、決して対外的に偉いわけではありませんよね?

しかし、「名誉職」として勘違いするマネージャーがいると、経営と現場の乖離を引き起こします。すべての企業は、企業理念などのビジョンを掲げ、事業を通じて社会に貢献するための方向性を謳っています。マネージャーの仕事は、その方向性を“翻訳”して自分のチームに伝え、チームに与えられた役割を正しく機能させることです。

企業がおかしくなる原因の多くが、この「マネージャーの翻訳」が誤作動していることにあります。自動車に例えてみましょう。例えば経営層は、「頑丈な大型トラック」のように企業価値を大きくして安全に世の中に提供したいと考えているのに、現場は「スポーツカー」のように爆速で利益最優先のアクションを起こしていたら……それは、「役員→部長→課長→主任」……といった各段階のマネージャーの翻訳が、どこかで間違っているということです。

そんな状態では、それこそ「時速300キロで走り、10トンの荷物が積める自動車」のような無茶な目標や性能をチームに求めているわけですから、結果として従業員がクラッシュしたり、大量の荷物をコーナーで振り落としたりするような事故を起こします。当然のことながらコンプライアンスは遵守されず、従業員の健康状態も悪化し、「健康経営」とはほど遠い状態になってしまうでしょう。

その「翻訳ミス」の原因のひとつは、「面子(メンツ)」です。マネージャーを「偉い人」にしてしまうから、自分の部署の業績ばかりを気にしたり、メンバーが気軽に反対意見をいえなかったり、マネージャー自身が自分の考えを覆すことを恥と考えたりします。しかし、マネージャーだって生身の人間ですから、つねに正しい判断などできません。組織の上下関係をフラットにして、マネージャーとメンバーの関係が対等であれば、翻訳ミスを指摘されたり、みずから気づいて柔軟に対応したりすることができます。

——そのためのアクションとして、具体的にマネージャーが心掛けることは?

澤円:マネージャーに使ってほしくない言葉が、ふたつあります。ひとつは「難しい」という言葉。自分のなかで着想があったときや、メンバーの意見を聞いたときに「難しい」といってしまうと「だから無理だ」「あきらめよう」という結論に直結していきます。

例えば、せっかくメンバーが勇気を出して「違う方向性があるのではないか」と提議しても、「いまさら方針転換は難しい」といってしまえばそれまでです。だから、「難しい」という言葉が思い浮かんだら、すぐに「どうしたらできる?」に変換してほしいのです。それだけで意識が前に向いていきます。

もうひとつは、「〜べき」という言葉。マネージャーが、仮に「うちの部門はこうあるべき」と口にすれば、「それ以外は認めない」という排他的なメッセージになります。評価権限を持つ人間がそれを口にすれば、メンバーは反対意見や違う視点の意見をいえなくなるのは当然です。

「難しい」、そして「〜べき」——。このたったふたつの言葉をマネージャーが発することで、結果としてマネージャーの翻訳ミスを是正する機会を失い、誤った事業を進めていく危険が高まります。新しい視点を否定するような排他的な雰囲気が根づいてしまえば、事業を成長させることはできないでしょう。

これからの時代には、「話を聞くマネージャー」が求められる

——マネージャーがメンバーの意見を封殺することで、事業成長が困難になる理由を教えてください。

澤円:これからの時代におけるビジネスは、顕在化しないニーズに向き合っていく必要があるからです。極端な例でいえば、むかしは釜でご飯を炊いていて「もっとラクにご飯を炊きたい」という明確なニーズがあったから、電子炊飯器を販売すればよかったわけです。その後も「もっと美味しく食べたい」というニーズが明確だから、改善の方向もあきらかでした。でも、既に電子炊飯器の改善はほぼやり遂げられており、新たなニーズはそう簡単には見えませんよね? 電子炊飯器に限らず、多くの領域で、大多数が感じているわかりやすい課題はすべて解決されてしまったのが現代なのです。

そこにあるのは、簡単には見つけられないパーソナルな課題です。しかも、消費者自身も聞かれなければ気づいていないような、潜在的なニーズに向き合っていく必要があります。

Netflixの成功がいい例ではないでしょうか。Netflixは1998年に世界で最初に、WEBで申し込んで郵送でDVDの受け取りと返却を行うレンタルサービスを開始した会社としても知られます。その時点で画期的なサービスですが、さらに翌年、月々定額で延滞金なし・借り放題のサブスクリプションサービスを開始しました。当時の常識からすれば、「延滞が増えれば新作の在庫が不足して貸し出せず、サービスが支持されなくなる」と考えられていましたし、期日までの返却や、延滞金のペナルティは誰もが受け入れていたルールでした。

それでも、「延滞金を払いたくない」「好きなタイミングで返したい」という潜在的なニーズに応えたNetflixは支持を獲得し、差別化に成功します。さらに、ストリーミングによるオンデマンド配信が可能になると、オンラインの顧客データとサブスクリプションモデルで先行した知見を武器に、業界のトップに躍り出たというわけです。逆に、むかしながらの店舗型のレンタルビデオ店最大手であったブロックバスターは、動画配信サービスの普及によって倒産してしまいました。

見えやすい「大衆が感じているニーズ」ではなく、一部の人が感じている細かな課題や、誰も気がついていない課題に対して、「こうしたほうがよくないですか?」という提案ができることが、新しいビジネスを生み出します。

この一例を見てもわかるように、もはやマネージャーが「自分がもっとも仕事ができるから」「経験あるベテランだから」と思って、自分だけの着想や古い経験に基づく考え方に固執している場合ではありません。つまり、固定観念でしかない可能性があるのです。ですから、まずは身近なメンバーから、新しい考え方や多様な意見を引き出していくことが大切です。

マネージャーの大事な仕事は、会社の方針を翻訳したうえで「チームにビジョンを示す」ことですから、SNSの活用や、社外のコミュニティにも参加して様々な考え方に触れ、自らの固定観念を崩していく姿勢が求められます。そうして会社の方針に則り、いま世の中が求めているかたちへと翻訳していくのです。

——先に「難しい」「〜べき」を使ってほしくないというお話がありましたが、メンバーの意見を引き出すために、マネージャーが「積極的に使っていくといい言葉」はありますか?

澤円ある一定の言葉というよりも、「〜べきだ」を使わずに、「わたしはこう思うよ」という言い方で自分の考えを発信し、そのうえで相手の意見を聞くことだと思います。「大事な仕事は出社してやるべきだ」といえば、メンバーは「面倒くさいな」と思って意見を合わせるだけですが、「わたしは大事な仕事は出社したほうがやりやすいと思うけれど、あなたはどう思う?」と語りかければ、自分とは異なる考え方に触れるチャンスが生まれます。これまで、メンバーの考えを聞く機会がなかったマネージャーには、たったそれだけのことで判断材料が増えていくはずです。

新しい考え方に触れることで、自分の考えが変わることは恥ずかしいことではありません。わたしもたまに、「澤さん、このあいだといっていることが少し違いませんか?」といわれることがありますが、「それはあたりまえのことですよ」と伝えています。つねに多くの考えに触れ、それまでの自分の認識が「あれ、なんか違うな」と思ったら、考え方をアップデートしているからです。「自分の考え方が一貫しないのは恥ずかしい」という自分都合で古い考え方に固執していては、それこそ冒頭でお伝えした「翻訳ミス」をするマネージャーになってしまいます。

自分の「弱い部分」を恥じることなく開示して、メンバーの活躍の場をつくる

——マネージャーは自分の意見をどのようなタイミングで伝えるといいでしょう?

澤円:タイミングはどんなときでもいいと思います。職場で積極的に声かけをして会話をすればいいし、フレームをつくるのなら「1on1ミーティング」は必須ではないでしょうか。

1on1ミーティングという場は、相手を理解するためにマネージャーが傾聴する場であると認識されています。ただ、そこに落とし穴があります。初期段階においては、マネージャー自身が自己開示をしないと、相手は心を開いてはくれません。だって当然ですよね? 「一方的に話してくれ」といわれても、マネージャーのことを少しでも理解できていなければ、話すモチベーションも話題もないのですから。

だからこそ、まず日常的にマネージャーが自分の考えを発信するのです。ただし、「マネージャーはメンバーより優れていないといけない」という呪いに囚われないようにしましょう。評価権限を持つマネージャーがメンバーと能力を競おうとしたり、言葉でマウントをとったりするのはアンフェアな最低の行為だからです。

むしろ、自分のダメな部分を開示して、メンバーに「助けてもらう」ことがこれからのマネージャーにとって大切な姿勢ではないでしょうか。「いまわたしはこんなことで困っている」と発信すれば、知見を持つメンバーが助けてくれます。1on1でも、雑談のなかで自分のポンコツな部分を開示しておけば、メンバーは「この人も人間なんだな。それならわたしがサポートできる部分もあるかもしれない」と思えて、親近感を持ってくれます。

メンバーに助けてもらったり、意見をもらったりしたら、必ず「ありがとう」と御礼の言葉を伝える。そうすることでメンバーは自己効用感を得ることができ、モチベーションの高いチームづくりにつながっていきます。

——マネージャーが自らダメな部分を曝け出すことで、一部のメンバーによっては「こんな上司では頼りない」という意見もありそうです。そのあたりはどう考えるといいですか。

澤円:もしかしたらそう思うチームメンバーもいるかもしれませんね。でも、それは腹を割って話し合えばいいのです。メンバーが「求めていること」をしっかりと聞き出し、それが「マネージャーとしての自分の能力」と相反しないことを納得できるまで話し合いましょう。

マネージャーの仕事とは、企業のビジョンによって進む方向を指し示し、そこに向かってメンバーが全力疾走できるよう、障がいとなる道路のゴミを片づけて整えることです。マネージャーが頼りなかろうが能力で劣っていようが、チームとしてのパフォーマンスを高められるのならなにも問題はありません。

繰り返しますが、マネージャーは偉い存在である必要も、誰より仕事ができる必要もありません。あくまでも、チームを導くために必要な情報収集と意思決定をし、チームメンバーをサポートすることに徹する——。それが、メンバーにとっても働きやすく、一人ひとりが活躍できる環境づくりになり、働く人すべての幸せにつながっていくのだと思います。

澤円さわ・まどか
株式会社圓窓代表取締役/元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員/武蔵野大学専任教員/琉球大学客員教授/株式会社日立製作所Lumada Innovation Evangelist/SBテクノロジー株式会社社外取締役

1969年、千葉県生まれ。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。

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澤円
澤円さわ・まどか
株式会社圓窓代表取締役/元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員/武蔵野大学専任教員/琉球大学客員教授/株式会社日立製作所Lumada Innovation Evangelist/SBテクノロジー株式会社社外取締役

1969年、千葉県生まれ。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。

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