男性の愛好者も急増。誰もが気軽にはじめられる「ヨガ」の魅力と健康効果
スポーツ庁の調査によれば、成人の約80%が運動不足を実感しているなか、週3回以上の運動習慣を持つ人は約30%とされる。ビジネスパーソンの運動不足は生活習慣病のリスクを高め、メンタルヘルスの失調や仕事のパフォーマンスにも影響するなど、健康経営の実現における“一丁目一番地”の課題ともいえる。しかし、運動習慣を身につけるためには本人の主体性なくして実現せず、企業として様々な目新しいアプローチが求められる。そこで、ヨガインストラクターの剛 壽里(コウ・ジュリ)氏に、ヨガの魅力と効果について聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
運動は心の働きを「ポジティブ」にシフトさせる
——東京の原宿と下北沢でヨガスタジオを運営する壽里さんのもとには、多くのビジネスパーソンが運動習慣としてのヨガを楽しみに来ています。ヨガインストラクターである壽里さんにとって、ビジネスパーソンの運動不足による悪影響をどう捉えていますか?
剛 壽里:わたしが語るまでもなく、運動不足の悪影響は医学的に証明されていますよね。代謝が下がって太りやすくなり、それが病気の原因にもなりますし、筋力が落ちるとすぐに疲労を感じるので、気分も落ち込みやすくなります。
ヨガの概念では、「マインド・ボディ・ソウル」といって、体の状態とマインドやソウル、いわゆる心の状態はつながっているものと考えます。体のコンディションが悪いと、知性的な心の働きにも、感情的な心の働きにも影響をきたすということです。
わたしはよく、「運動はエネルギーをシフトすること」だと伝えています。なんとなく気分が落ちているときに10分でも体を動かすと、少し悩みが軽くなったり、違う考え方ができるようになったりして、エネルギーがポジティブな方向に行きますよね。
運動習慣を持つということは、定期的であれ不定期であれ、エネルギーのシフトを積み重ねることです。すると、ネガティブな感情やストレスをスッと切り離すことに慣れてきて、心の安定を保ちやすくなると考えています。
——壽里さんは、ヨガだけでなくトライアスロンやサーフィン、スノーボードも趣味にしています。そんな壽里さんにも、運動不足だった時期はあるのですか?
剛 壽里:ありますよ。大学生のときは本当に運動不足で、それがヨガをはじめたきっかけとなりました。ヨガをはじめて精神的にポジティブになったためか、あるとき好奇心から、1年後の「アイアンマンレース」に申し込んだのです。
「アイアンマンレース」は、トライアスロンのなかでももっとも過酷なレースで、水泳3.8km、自転車180km、そのあとにフルマラソンを走ります。その頃のわたしは、ヨガこそ資格取得を目指すほど熱中していたものの、トライアスロンにふさわしい筋力や持久力があったわけではありません。でも、「レースまで1年間あるから、なんとかなるだろう」と(笑)。
——「運動しないといけない理由」をつくったのですね。
剛 壽里:それから毎日、必ず運動する生活がはじまりました。その習慣がいまもずっと続いて、ヨガに限らず定期的に運動をしています。体力がつくと疲れにくくなって、心もポジティブでいられますし、精神的につらいタイミングがあっても運動習慣があったことで心を立て直せた実感があるので、どんなに忙しい時期でも必ず体を動かすことを意識しています。
さらにいえば、わたしがいま日本でヨガインストラクターの仕事をしている理由のひとつは、運動がメンタルを助けてくれることを多くの人に感じてもらいたいからなのです。日本のビジネスパーソンはストレス過多である人が多いと感じるので、精神的に苦しいときこそ運動をしてほしいと思います。
運動不足の人がヨガをはじめるメリット
——これから運動不足を克服しようと考える人にとっては、様々な選択肢があると思います。ウォーキングなどの有酸素運動や、話題のコンビニジムなどもありますが、ヨガを選ぶことのメリットはどこにありますか?
剛 壽里:場所を選ばず、ヨガマット1枚で手軽にできることです。ヨガをするためには、特殊な器具も広いスペースも必要ありません。たった1畳ほどのスペースで、負荷の軽いものから重いもの、自分の好みのスタイルまで、ほぼすべてのヨガの動きができてしまいます。外出制限のあったコロナ禍で、運動不足解消のために自宅でヨガをはじめる人が増えたのも、そのお手軽さがあったからこそです。
——思い立ったときにすぐはじめられるのはいいですね。運動の負荷も少ないと考えていいのでしょうか?
剛 壽里:ヨガの負荷については、一概にいえません。わたしのスタジオでも、ゆっくりストレッチするヨガのクラスもあれば、フィットネスのように1時間しっかり動き続けるヨガもあるからです。多種多様なスタイルがあるので、自分に合うものを選べる幅広さもヨガのメリットといえるでしょう。
ただ、どのヨガにも共通するのは「呼吸」を大切にしていることです。わたしたちは毎日あたりまえに呼吸をしていて、呼吸そのものに意識を向けることは少ないですよね? ヨガでは、呼吸に意識を向けながら体を動かすことで、「いま」に意識を戻せるのです。
いわゆる「マインドフルネス」と呼ばれるものですが、わたしたちの意識は「過去」の後悔や、「未来」の不安などにネガティブなかたちでエネルギーを向けてしまいがちですから、「いま」に意識を集中することで、体だけでなく心の安定を図ることができます。
——その感覚を実感できる、簡単なヨガの動きはありますか? 仕事中でもできる、リラックスできるものがあると嬉しいです。
剛 壽里:特別なことではなく、呼吸に意識を傾けながら、ゆっくりと深呼吸を3回するだけでも、気持ちが落ち着くことを実感できるはずです。動きを加えるのであれば、椅子に座ったままでいいので、以下のような動きをしてください。
❶背を伸ばして深呼吸のようにゆっくりと息を吸いながら、両手を上に伸ばす。
❷吐きながら、左手だけをゆっくりと下ろし、また吸いながら右手と体を伸ばす
❸ゆっくりと吐きながら左に体を倒して、右の脇腹をストレッチする。
❹吸いながら体を戻し、吐いて呼吸を整える。
❺また吸いながら両手を上げ、今度は右手を下ろして反対側も同様の動きをする。
ここで大事なのは、呼吸を止めないこと。また、動作と呼吸を違和感なくつなげることです。デスクワークでは、目の前の仕事に集中して体も固くなりますし、ストレスと向き合うことになりますから、ヨガの動きを取り入れて心身のリフレッシュを図るといいでしょう。
——ちなみに、ヨガに対しては「女性のフィットネス」というイメージも根強いかと思います。壽里さんのスタジオには、男性も通われていますか?
剛 壽里:あきらかに女性向けのブランディングを行い、男性が参加しづらいヨガスタジオがあるのは事実です。しかし、世界的に見ればヨガに女性向けのイメージはありません。男女の垣根なく、誰もが気軽にはじめられるフィットネスとして享受されています。
わたし自身、日本のヨガのカルチャーを変えたくて活動をしています。ですから、わたしのスタジオでは、モダンなデザインの空間、ダンベルを使った負荷の高いヨガレッスンなども用意しており、多くの男性にメンバーとして利用してもらっています。わたしのスタジオに限らず、男性でヨガをやる人は間違いなく増えているという実感もありますね。
従業員の運動不足解消のポイントは「きっかけづくり」と「習慣化」
——企業の健康経営を実現するうえで、従業員の健康管理と生活習慣の改善は重要な課題となっています。従業員の運動習慣もそのひとつなのですが、ヨガスタジオを運営する壽里さんから、アドバイスをいただけないでしょうか。
剛 壽里:最初に原宿のスタジオをオープンしたときに実感したことなのですが、運動習慣のない人にとって、運動はとてもハードルが高い行為なのです。せっかく一念発起してスタジオに来ても、日頃の仕事の忙しさや疲れもあるなかで、なかなか継続できません。
そこで大切なのは、モチベーションです。従業員のみなさんが「それならやってみたい」と思えるようなコンテンツを、興味が湧くように伝えていくことです。
そのうえで、次は継続です。そもそも運動というのは、習慣化して継続しないと効果を実感できません。逆に、習慣化さえできてしまえばモチベーションの波に左右されることなく続けることができます。「やらないと気持ちが悪い」という心理状態になるからです。
そこで、わたしのスタジオでは年に1回「スウェットチャレンジ」というイベントを行っています。壁に参加者の名前を掲示して、1回来るごとにステッカーを貼って、回数に応じた景品を渡すというものです。
「モノで釣っているだけじゃないか」といわれればそうなのですが……(笑)、これが実際に効果的なのです。月に数回来るかどうかのメンバーが、イベント期間には毎日のようにスタジオに来て、イベント終了後も高頻度で来る習慣が残ります。
——「運動したほうがいい」という気持ちが根底にある以上、あとはきっかけの問題が大きいのですね。
剛 壽里:それはありますね。わたしも企業のオフィスに出張してヨガを開催することがあるのですが、これまでジムやスタジオに通うのを面倒に感じていた人が、「会社で開催されているなら」と思って参加するケースは多々あります。
それをきっかけとし、さらに継続参加するごとに特典をつけるなど、動機づけをし続けることが大切なのではないでしょうか。
企業でのヨガのプログラムは、運動習慣としてだけでなく一緒に運動をすることで絆を深めるチームビルディングにも活用されています。ちょっと目先を変えて運動イベントを実施することで、従業員のみなさんが積極的に参加するきっかけになるかもしれません。