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働き方改革から「働きがい改革」へ。企業と従業員にメリットを創出する健康経営の考え方

越川慎司こしかわ・しんじ
株式会社クロスリバー代表取締役CEO/元日本マイクロソフト業務執行役員

近年、「働き方改革」による残業抑制で「若手がモチベーションを落としている」という声が聞かれる。その原因は、「成長機会を得られないこと」だという。ハラスメント感覚に乏しい時代に厳しく叱咤され成長してきたベテランと比べれば、確かに現代の若手従業員は温かく育てられる傾向にある。それに加え、「働き方改革」にともなう残業抑制が、若手従業員にとって「成長機会の損失」「張り合いのなさ」として捉えられているのだ。この「ねじれ」のような状況について、815社、17.3万人の「働き方改革」を支援する越川慎司氏に、解説と解決策を聞く。

構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人

「働き方改革」を43%の若手従業員は支持していない

——下記は、「マイナビ転職」が2022年に新卒を対象に行った「働きがい」に関する調査データです。あくまで民間調査の一例ですが、若手従業員の成長実感に対する意識の高さがうかがえます。「働き方改革」のコンサルティングを行う越川さんは、このデータをどう解釈しますか?

越川慎司:わたし自身も共感しますし、実態に即したリサーチ結果ではないかと思います。この若手従業員の成長意欲や貢献意欲、承認欲求に対して、ただ残業抑制を行うだけの「働き方改革」では、互いの思惑が衝突しているのです。

わたしの会社では、約800社のクライアント企業で働く約17.3万人の従業員に対し、様々な調査・分析を行っています。そのなかで、20代・30代の従業員に匿名回答で「残業削減を目的とした『働き方改革』に賛成ですか?」と聞いたところ、43%から「反対です。もっと残業をしたい」という回答が得られました。

みなさんの企業に置き換えて考えてみてください。「働き方改革」の具体策が残業抑制をメインとしているのであれば、若手従業員の半数は「働き方改革」に反対しているということになります。

残業をしたいと思っているのは「残業代がほしいのかな?」と考えてしまいがちですが、反対する理由を掘り下げると上位にくるのは「もっと経験を積みたい」「スキルアップしたい」という声なのです。つまり、「成長機会の喪失」が主な理由であり、マイナビのアンケート調査とも整合する結果となっています。それなのに、「働き方改革」によって早々に帰らされてしまうことに、若手従業員たちはもどかしさを感じているのです。

また、同じく当社のクライアント企業に対する調査であり、2023年11月の比較的新しいデータなのですが、従業員の離職理由の調査でも「成長機会がない」という声は増加傾向にあり、離職理由の22%を占めます。「待遇」や「人間関係」と並んで離職要因のトップ3に食い込むようになってきました。結果として、「働き方改革」が新たな離職要因を生み出している可能性があるわけです。

——「働きやすさ」を改善しようとして離職につながるのは、皮肉ですね。

越川慎司:若手従業員が求めているのは、「働きやすさ」以上に「働きがい」なのだといっていいでしょう。もちろん、「働きやすさ」の追求は決して間違ったことではありません。共働き家庭が増え、社会も高齢化し、育児や介護などを抱える従業員にとって、「働きやすさ」は勤務を継続するために不可欠なものだからです。

しかし、当社のクライアント企業への調査では、「働きやすさ」自体は業績や離職率の改善に必ずしも直結していません。一方、「働きがい」は生産効率の向上や離職率の低下に強いインパクトを発揮します。つまり、「働き方改革」においては、「働きやすさ」と「働きがい」の両方を実現する、「働きがい改革」が求められるのです。

「働きがい」につながる代表的な3つのタイプ

——どうすれば「働きがい」を高めることができるのでしょう。

越川慎司:当社のクライアント企業は、IT企業大手や8万人規模の製造業から5人の工務店まで業種も規模も様々です。しかし、各企業の従業員約17.3万人が感じている「働きがい」の要因を分析すると、「達成」「承認」「自由」という3つの共通するキーワードが出てきます。

これらのキーワードは、労働時間の削減や給料アップとは関連性がありません。仕事に対する価値観をあらわしていて、「達成」「承認」「自由」のいずれかを従業員が仕事のなかで感じられれば、「働きがい」は向上するということです。

例えば、「達成」は「期限内に仕事を終えられた」「プロジェクトが目標に達した」といった、やり遂げた実感です。「承認」は、自分の仕事によって「お客様に感謝された」「上司や仲間に認められた」という他者評価や栄誉です。最後に「自由」とは、裁量権のことです。自分の判断でものごとを決められることが、「働きがい」の実感につながります。

アンケート調査に基づく分析では、働く人の87%は上記3つのどれかに「働きがい」を感じます。残り13%には「社会貢献」や「待遇」「出世」などがありますが、まずはボリュームゾーンを優先し、自分のメンバーが達成型、承認型、自由型のどれに当たるかを目安として考え、個別対応で「働きがい」をフォローしていくといいと思います。

——メンバーのタイプを知るには、どうしたらいいでしょうか?

越川慎司:対話のなかで十分にわかることだと思います。これも調査の成果なのですが、「君はなにに働きがいを感じる?」とストレートに尋ねても、12%の従業員しか答えてくれません。つまり、唐突な質問に困惑してしまうのですね。

ですから、1on1ミーティングなど、自然な相互理解の対話における自己開示からはじめることをおすすめします。あなたがマネージャーであれば、「このあいだ訪問先のお客様に感謝されたのが嬉しくて、これが僕の『働きがい』だなって思ったんだよね。君はどういうときに『働きがい』を感じる?」とチームメンバーに対して腹を割って話すと、87%の人が自分の考えを教えてくれるとわかりました。対話による共感があってこそ、自己開示してもらえるということを覚えておきましょう。

——冒頭のアンケートでは、達成感だけでなく、成長意欲や貢献意欲を満たされることが「働きがい」につながっているようでした。この「達成」「承認」「自由」との関係性はどう捉えたらいいですか?

越川慎司:重層的なものとして捉えてください。成長意欲や貢献意欲などの欲求が満たされる過程で、「達成」「承認」「自由」のなにがベースとなるかという考え方です。

「達成型」はシンプルです。目標を掲げて、それを達成することが「働きがい」であり、自分の成長実感につながります。ただし、営業職、製造職、クリエイティブ職などはスキル評価がしやすく実績も明快なので達成感を得やすいのですが、経理や総務、人事、法務などの事務職は定量的な目標を持ちません。「データ処理にかける時間を20%削減する」など、意識的に目標設定をする必要があります。

「承認型」は、達成した事実がなければ承認できませんよね? ですから、達成型と目指すことは一緒です。ただし、しっかりと報酬として感謝や評価、栄誉などの承認を与えることが大切です。承認を得て、自分の成長や貢献を感じることができます。

最後に「自由型」ですが、これは少し複雑です。「自由型」の人が「フルリモートで仕事がしたいです」と申し出てきたからといって、ただ自由だけを与えてはいけません。自由と責任は表裏一体だからです。責任を果たせる人にだけ自由裁量は与えられるべきです。ですから「自由型」の人は、目標を達成し、承認を経て、自由裁量を与えられるというプロセスがあって、成長実感や貢献した実感につながり「働きがい」を感じることができます。

すべての型において、業務を「達成」するプロセスは同じですから、マネージャーはその支援を行い、最終的に「働きがい」を感じる報酬のようなものの違いを大切にしてあげてください。

「悔しさ」が成長の糧であることを忘れない

——達成支援については、世代間のコミュニケーションにも課題があるように感じます。

越川慎司:まさにフィードバックこそが、「働き方改革」によって若手従業員が成長実感を得られないひとつの要因にもなっていると感じます。ハラスメントを恐れるコンプライアンス重視の風潮や、「若手は叱ると辞めてしまう」という経験から、上司や先輩従業員は若手従業員に対するコミュニケーションに慎重になり過ぎているように感じます。だからといって、育成を放棄し、まして「遅刻しても叱れない」などというのは言語道断です。

若手従業員からすれば、叱られて悔しい思いをすることも、先輩に腹を割って経験を語ってもらうことも大切な成長へのモチベーションです。残業抑制だけでなく、そういったコミュニケーションが失われることで、若手従業員は自分の成長性に不安を覚え、別の場所を探そうとしてしまいます。

——しかしながら、「聞く耳をもたない」「叱ると落ち込んでしまう」といった若手の反応に困惑するベテラン層の気持ちもわかりますね。

越川慎司:若手従業員はフィードバックを受け入れないのではなく、ベテランが経験してきたような理不尽で感情的な叱責を嫌がっているだけです。簡単なテクニックの一例を挙げれば、褒めてから指摘する方法です。評価すべき点をフィードバックしてから、改善すべき点を伝えるだけで、相手の受け取り方は確実に変わります。

また、共感できない相手や、自分をよく知らない相手からの指摘を「面白くない」と思うのは、世代に限ったことではありませんよね。日頃から相互理解のための対話を重ね、感情を共有できていれば、厳しいダメ出しであっても「自分のためにいってくれている」と信じて受け止めてもらえます。

この世代間のフィードバックを含むコミュニケーションのあり方は、企業にとって重要なテーマです。若手従業員への偏った待遇のよさや、マネジメントの難しさから、30代以上の従業員のモチベーションが低下している傾向があるからです。ベテラン世代のリスキリングと併せ、コミュニケーションのあり方についても学ぶ機会を提供する必要があるでしょう。

従業員に寄り添う「健康経営」のあり方を模索する

——「健康経営」や「働き方改革」への取り組みによって、これまで自社の人材を成長させてきたファクターを失っている可能性があることを理解できました。まさに、「働きがい改革」として自社の取り組みを見直す必要がありそうですね。

越川慎司:特に「健康経営」というのは、抽象度が高い言葉です。心身の健康か、健康的な働き方なのか、生産性や事業継続性はどのように含まれるのか……言葉を尽くして解像度を高くしないと、従業員には「なにを目指しているのか」が伝わりにくいですよね。腹落ちしないまま残業抑制ばかりをされるのでは、従業員にとって困惑や不満のタネになってしまいます。

大切なことは、独りよがりの経営や改革にせず、従業員に寄り添うことです。まず、経営層や人事・総務が、「健康経営」によってもたらされる「企業のメリット」と「従業員のメリット」について分けて考え、明確にすることが大前提です。そのうえで、従業員のメリットや価値が想定したようにあらわれているかを、ESサーベイ(従業員満足度調査)を活用してチェックしていくこと。それが、いま多くの会社で一般的に行われていることですよね。

さらに、コンサルティング会社を入れて、プロの視点で実態把握に努める企業もあります。例えば当社であれば、独自調査によって従業員の働き方をデータで分析し、支援プログラムを提案しているというわけです。

方法は様々ですが、「健康経営」も「働き方改革」も、そして「働きがい改革」も、従業員理解からはじまります。まずは従業員の「働きがい」がどこにあるかを知り、「働きがい」と「健康的な働き方」の両立を図る行動実験を積み重ねて、自社の成功パターンを導き出しましょう。それを地道に続けていくことが、健康経営によって企業価値を高めていく道なのだと考えます。

越川慎司 こしかわ・しんじ
株式会社クロスリバー代表取締役CEO/元日本マイクロソフト業務執行役員

1996年にNTTに入社、外資企業やベンチャーを経て、2005年にマイクロソフト米国本社に入社。のちに業務執行役員としてPowerPointやExcel、Microsoft Teamsなどの事業責任者。働き過ぎて2度鬱病になった経験を元にして、2017 年に株式会社クロスリバーを設立し、全メンバー週休3日、7時間睡眠を6年以上実践。これまで800 社以上(従業員数は延べ17万人以上)の働き方改革を支援。「働きがい改革」、「"忙しい”から解放するタイムマネジメント」や「社内会議ダイエット」、「効率と効果を高める資料作成術」、などのオンライン講座を年間400件以上提供する。

越川慎司
越川慎司 こしかわ・しんじ
株式会社クロスリバー代表取締役CEO/元日本マイクロソフト業務執行役員

1996年にNTTに入社、外資企業やベンチャーを経て、2005年にマイクロソフト米国本社に入社。のちに業務執行役員としてPowerPointやExcel、Microsoft Teamsなどの事業責任者。働き過ぎて2度鬱病になった経験を元にして、2017 年に株式会社クロスリバーを設立し、全メンバー週休3日、7時間睡眠を6年以上実践。これまで800 社以上(従業員数は延べ17万人以上)の働き方改革を支援。「働きがい改革」、「"忙しい”から解放するタイムマネジメント」や「社内会議ダイエット」、「効率と効果を高める資料作成術」、などのオンライン講座を年間400件以上提供する。