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INTERVIEWインタビュー

元日本マイクロソフト業務執行役員に聞く、企業の生産性を上げるテクノロジーとの上手なつきあいかた

澤円さわ・まどか
株式会社圓窓代表取締役/元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員/武蔵野大学専任教員/琉球大学客員教授/株式会社日立製作所Lumada Innovation Evangelist/SBテクノロジー株式会社社外取締役

近年、「ChatGPT」に代表されるAIに世界中の注目が集まっている。日本企業のなかには、こうしたAIなどの先進的なテクノロジーを積極的に活用し、高い生産性を実現する企業があらわれている。しかし一方で、大企業でもITへの理解が不足し、活用が形骸化して従業員の不満が募っているケースも見受けられる。こうした状況を打破するために、一般従業員及び決裁権を持つ管理職や役員たちは、どのようにしてITリテラシーを高めていくといいのだろうか。元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員で、インターネット業界に精通する澤円氏に聞いた。

構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人

「ChatGPT」を試していないようでは問題外

——「ITリテラシー」の格差が原因となって、社内で情報共有や認識の統一が困難になっているケースが多くの企業で見られます。これからのビジネスパーソンにとって、ITリテラシーを高める必要性についてお考えを聞かせてください。

澤円:では、いきなり厳しいことをいわせてもらいます。現時点で「ChatGPT」に課金していない、まして無料版も使ったことがないのなら、絶望的にテクノロジーに対する感度が低いといわざるを得ません。危機感がまったくないことの裏返しともいえるでしょう。あれほど「AIが人間の仕事を奪う」という警鐘まであり、しかも無料体験できるようオープンになっているのに、触れてみようとしなかった事実を「ヤバい」と考えたほうがいいと思います。

すでにAIは、わたしたちの暮らしや仕事に革新を起こしていますし、日進月歩の状態にあります。どんどん進化していく技術であることは疑いようがありません。それこそ、「自分たちのビジネスに有用かどうか」、実際に知らなければ判断することすらできず、ビジネスを加速させるチャンスを逸してしまいます。

AIに限らず、オートメーションでも、IoTでも、データソリューションでも、あるいは最新の人材管理システムでもなんでもいいのですが、テクノロジーというのは、頭だけで理解してもピンとこないものなのです。実際に使ってみて利便性を体感することで、「これを知らずにいたら大変な損失だ」という危機感や、「これを使えばもっとすごいことができるぞ!」というワクワク感や期待感を得ることが重要です。

多くの先進的なサービスがサブスクで提供され、試しに個人で1カ月契約するなら、たいていのサービスは1000円〜3000円程度で使用することが可能です。以前、仕事で対談の機会があったメディアアーティストの落合陽一さんは、新しいサービスは片っ端から使ってみるそうです。彼の仕事柄、テクノロジーにアンテナを張るのは当然ですが、すでに知見も十分なはずです。それでも「使ってみないと価値はわからない」といって、その時間を工面することが大変だと語っていたのが印象的です。

わたしは、落合さんが若くしてデジタル領域で研究者としてもアーティストとしても成功しているのは、ご本人の能力だけでなく、テクノロジーの進化を早い段階でキャッチして、自分のなかに取り込んできたこともあるのだろうと思いました。

もちろんわたしも落合さん同様に、たくさんの新しいサービスに触れて使ってみて、どんな特性があるものなのかを体感しています。

——企業では、若手やITリテラシーの高い社員がせっかくテクノロジーの活用を訴えても、理解が追いつかない経営層やマネージャーによって否認され、活用が進まないケースもあると見聞きします。

澤円:プライドでテクノロジーを軽んじてしまう役員の人には、わたし自身も実際にお会いしたことがあります。理解したうえで不要を判断するのならいいのですが、「知らないこと」を恥と感じたり、アナログで努力してきた自分たちのキャリアにプライドを持ち過ぎて忌避したりしてしまうのは、企業全体の損失を生み出すボトルネックになりかねません。逆に、役員レベルの決裁者が新しいテクノロジーに興味を持って、自分で契約して試しているような企業は、うまく活用して成長していることが多いのが実情です。

役員や管理職の未知のものに対する態度を、従業員は完全に見透かしていますし、プライドだけで合理性のない判断をされてしまうと、将来性に期待を持てずに離職の原因にもなり得ます。「知らない」ことを恥に感じるより、むしろ「わからない」ことを堂々と伝えて若手に教えを乞うほうが、多くの若手はその姿勢に感心して慕うことは間違いありません。

テクノロジーに限ったことではありませんが、マネジメント層にいる人はメンバーの信頼を得たければ「わからないときは、それを素直に認めて聞く」ことをモットーにしてもいいと思うほどです。

テクノロジーの導入は、経営層がコミットして全社で取り組む

——ビジネスパーソン個人ではなく、企業としてテクノロジーの活用に向き合う必要についてはいかがでしょうか。

澤円:将来のさらなる労働人口の減少と、それにともなう若年層人材の採用の困難は、もう決定事項というほどあきらかですよね? 医療の進歩により人間の寿命は伸びますが、健康寿命が比例して伸びるとは限りませんし、70歳以上に定年を伸ばしたところでパフォーマンスには限界があります。担い手不足は確実なのですから、将来にわたって企業活動を持続させたいのであれば、テクノロジーの積極活用による省力化はトッププライオリティの経営課題でないとおかしいのです。

テクノロジーの代表としてAIを例に挙げれば、まだまだ、みなさんの仕事のプロセスのなかには「人間がやらなくてもできること」がたくさんあります。現時点では、人間のほうが早い作業や安全性の高いものがあっても、それはいずれAIの進歩で解決されていきます。例えば、ChatGPTを社内の業務に活用しようと思うと、「機密事項が流出する可能性」が指摘されていましたが、すでに外部システムを連携させて機密情報をChatGPTに流出させない仕組みが確立されています。

「現時点で完璧ではないから引き続き人間がやったほうがいい」というのは、いわば安易な判断になってしまうのです。むしろ、テクノロジーの力により現時点でどこまで自社の業務を任せられるのかを検討し続け、育っていくテクノロジーとともに、自社の活用ノウハウも育てていくことが大切です。他社であたりまえに使われるようになってから急に導入しようとしても、自社にノウハウがないと、トライアル&エラーからはじめることになってしまいます。

アメリカであれば、IT人材の約65%が事業会社にいて、残りの約35%はITベンダーというシステムやプラットフォームを提供する会社にいます。メーカーや小売企業でも、社内に優秀なITのプロフェッショナル集団を組織し、一定の権限を与え、蓄積した豊富な知見でテクノロジーの活用を強力に推し進める体制が各企業のなかにあるのです。

でも日本は、IT人材の約27%しか事業会社におらず、約73%がITベンダーにいます。ちなみに、日本にはほとんどプラットフォーマーが存在していないので、ここでいうITベンダーは「システムインテグレーター」と呼ばれる「システム構築代行業」です。つまり、ほとんどの日本企業がITに関することは外部のITベンダー任せで、自社にテクノロジーに関する知見が溜まりにくい構造になっています。つまり、推進体制として弱いのです。

ですから、マネージャーや役員もIT部門に丸投げにして責任を問うのではなく、テクノロジーに対して良し悪しを判断できる程度の知識や理解を持ち、事業部門やIT部門と連携して活用に取り組んでいくことが求められます。

わたしの顧問先や知り合いの経営者には、「ちょっと澤さん、教えて欲しいんだけど……」と連絡してくる人もいます。そうやって知見を持つ人間とのパイプをつくって学んだり、社内のIT人材でも手に余る課題や疑問があったりするときにはそうした人材を連れてきたりすることもまた、マネージャーや役員の大事な仕事だと考えます。

「人間がやらなくてもいい仕事は、やらない」という明確な意思を持つ

——実際に自社でテクノロジーの活用を進めるにあたり、経営層にいる人が留意する点はどのようなことでしょうか。

澤円:効率化という観点で見れば、まずテクノロジーで自動化できる仕事を洗い出していくことになりますが、その際に、基本スタンスとして「やらなくていいことに時間を割くのは害悪だ」という明確な認識を持つといいでしょう。仕事の洗い出しのたびに、「これは人間がやったほうがいいのではないか?」と議論していたら、プロジェクトは一向に進みません。

そもそも日本人は、特異なほど「自分でやろうとする」気質があります。マイクロソフト勤務時代、わたしには30カ国にも及ぶ多様な人種の同僚がいたのですが、業務プロセスの棚卸しを行った際に、「やってもやらなくてもいい仕事」があったら、海外では例外なく「やらない」を選択します。単純に、プライオリティが低い場合、そこに時間を割きたくないという考えを持っているのです。大袈裟でなく、日本人だけが「とりあえず」という考え方で「自分でやる」を選択します。確かに自分にとっての安心感はあるかもしれませんが、結果として生産性は確実に低下します。

「これって必要なの?」と日々疑問に感じているのに、ずっと残っている業務がみなさんの会社にもあるのではないでしょうか? 例えばそれは、議事録作成です。そもそも、該当する会議に出ているなら議事録を残す必要はありませんし、議事録を誰が必要としているのかも定かではありません。でも、「とりあえず」作成するルールを残してしまいます。それなら、音声の自動文字起こしツールを導入して、必要部分がうまく文字化されていないなら、読む人がそこだけ音源を聞き直せばいい話です。

テクノロジーが完璧ではなくても、「どこまで任せられるか」を判断して、少しでも人間の手数と時間を省略する合理的な発想で、自社の業務全体を洗い出していくといいと思います。

また、テクノロジーの導入後に大事なポイントとして、「いきなり期待どおりの成果が得られるとは限らない」というマインドを持っておくことが重要です。コストをかけたのに計画どおりのパフォーマンスが得られないからといって、「失敗だった」「やはり人間の手でなければ……」となってプロジェクトが後退していくのは、あまりに安易な判断であり、経営層の怠慢といってもいいかもしれません。

先にも述べましたが、テクノロジー活用ではノウハウを社内で育てていくことが欠かせません。ひとまず4割程度の成果なら、そこから6割程度に向けて「どうしたら改善できるのか」という建設的な思考を持ち、社内全体で取り組んでください。

澤円さわ・まどか
株式会社圓窓代表取締役/元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員/武蔵野大学専任教員/琉球大学客員教授/株式会社日立製作所Lumada Innovation Evangelist/SBテクノロジー株式会社社外取締役

1969年、千葉県生まれ。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。

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澤円さわ・まどか
株式会社圓窓代表取締役/元日本マイクロソフト株式会社業務執行役員/武蔵野大学専任教員/琉球大学客員教授/株式会社日立製作所Lumada Innovation Evangelist/SBテクノロジー株式会社社外取締役

1969年、千葉県生まれ。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。

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