ヨガインストラクター、アパレル社員、そして経営者へ——。女性が自分の可能性を切り拓くためのマインド
ヨガインストラクターであり、起業家としても活躍する剛 壽里(コウ・ジュリ)氏のキャリアはパッションに溢れている。ハワイでも指折りのヨガインストラクターとして活躍したのち、ヨガウェアブランド「lululemon(ルルレモン)」日本法人への転身、そしてヨガスタジオ経営者としての独立へ——。その果敢なチャレンジを支えるマインドについて語ってもらった。日本企業における女性活躍推進が求められるいま、女性社員たちのマインドに火をつけるロールモデルとして紹介したい。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
ヨガスタジオ経営者へと至るチャレンジの歴史
——現在、壽里さんはヨガインストラクターであり、東京の原宿と下北沢にヨガスタジオを運営する経営者でもありますが、これまでどのようなキャリアを歩んできたのですか?
剛 壽里:わたしは生まれこそ東京ですが、カリフォルニアで大学時代を過ごしていたときにヨガと出会い、卒業後はハワイに移住してヨガインストラクターをしていました。
インストラクターになるための基礎的な200時間の講習を要する全米ヨガアライアンス「RYT200」取得を皮切りに、ハワイ大学のカピオラニコミュニティーカレッジでスポーツ科学も勉強し、ヨガの可能性にのめり込んでいったのです。
最終的には、パーソナルトレーナーとして国際的な信頼を得られる「ACSM(アメリカスポーツ医学会)認定パーソナルトレーナー」を取得し、ハワイでも名の通ったヨガインストラクターとして活動していました。
そうした実績から、バンクーバー発のヨガウェアブランド「lululemon」のアンバサダーを務めていたのですが、2015年に同ブランドの日本法人立ち上げに参加させてもらったことが、キャリアにおける転機となりました。
——日本に拠点を移し、ヨガインストラクターとアパレル社員の両面で活躍されたのですね。
剛 壽里:聞こえは華やかですが、地道な市場開拓からのスタートです。国内のコミュニティーとブランドをつなぐ「コミュニティーコネクタ」として、オフィスも店舗もないなかでlululemonの服を着てヨガイベントを企画し、ブランド認知度の向上に奔走していました。ショールームの設立後も、認知を広げないことにはお客様も来てくれませんので、休業日はスタッフみんなが各地のコミュニティーや団体に出向いてヨガのレクチャーを行っていましたね。
でも、その経験が自分のスタジオを立ち上げるきっかけになりました。ひとつは、参加者がヨガに興味を持ってもらえる企画や、コミュニティーとしてまとめあげるノウハウを学んだこと。もうひとつは、日本のヨガを含むフィットネスカルチャーと、アメリカのフィットネスカルチャーの大きな違いを感じたことです。
当時、日本ではヨガのスタジオがまだ少なく環境も整っていませんでしたし、「ヨガは女性がやるもの」というイメージが根強く、男性が参加しにくい雰囲気でした。すべての人に開かれた理想的なヨガカルチャーを育てたいという気持ちが高まり、2019年に独立して、lululemonをパートナーとするヨガスタジオ「IGNITE yoga studio」を原宿にオープンしました。
失敗を乗り越え、チャレンジし続けることを支えたマインド
——すべてがキャリアの延長上にあるものの、経験のないことにも積極的にチャレンジする精神を感じます。そのチャレンジを支えたマインドについてお聞かせください。
剛 壽里:初めてのことばかりですから、格好つけても仕方ありません。わからないことは「わからない」と正直に伝え、抱え込むよりも教えてもらうことを大事にしていました。知見のありそうな人に直接会って意見を聞いたり、スタッフにも「どう思う?」と相談を繰り返したり、幅広い考え方のなかからものごとの決断をしていきました。
つまり、マネージャーであれ経営者であれ、わたしにとってのリーダーシップとは、自分が有能であろうとすることより、「不完全さを認めること」にあります。わたしひとりでは不完全だから、どんどん周囲を巻き込んで、新たなアクションを起こしていくことが重要だと考えているのです。
わたしのモチベーションの根底にあるのは、「ワクワクしていたい」というパッションです。だから、どんどん自分の理想に向かってチャレンジしたい。間違ったらやり直せばいいし、「失敗を恐れてやらないよりもとにかく進んでいこう」と思い続けてきました。
——それでも、壁にぶち当たることはありますよね?
剛 壽里:経営をしていたら、失敗はつきものです。「失敗を恐れない」と言葉にするのは簡単ですが、人間は失敗すればするほど失敗が怖くなります。わたし自身も、「次のチャレンジでは、失敗しない完璧な準備ができるまで動きたくない」という気持ちにならなかったといえば嘘になります。実際、スタジオの設立から5年が経ちますが、たくさんのことをみなさんの協力で実現できた一方、いくらプレゼンを重ねても実現できなかった経験もいくつかありました。
そんなときも、ヨガのおかげで不安を切り離し、自分本来のマインドに立ち戻って来られたのです。過度な慎重さよりも、スタジオ名の「IGNITE(火を灯す)」のとおり精力的に動き続けること。それが功を奏したのは、コロナ禍でのオンラインスタジオの立ち上げです。
外出制限がかかり、対面でのレッスンができない2020年、クラウドファンディングを通じて1,800人以上に支持をいただき、オンラインスタジオを立ち上げることができました。内情としては、スタジオのWEBサイトを立ち上げたときでさえ、WEBの知識がなくて泣きながらカスタマーサービスに電話をしていたほどで、オンライン配信もノウハウがなく、本当に手探りのスタートでした(笑)。
それでも、外出制限による運動不足が社会問題となっていたなかで、ヨガマット1枚のスペースで運動できるヨガは男女の垣根なく支持され、「ヨガの魅力を日本に広めたい」「新しいカルチャーを伝えたい」というわたしの願いが、また一歩叶った瞬間となりました。
女性が自分の可能性に向き合うためのマインド
——いま、日本国内では、女性の活躍推進の取り組みが進められ、女性幹部登用に積極的な企業も増えています。壽里さんの経験のなかで、女性としての強みと、女性ゆえの困難はどういった点にあったでしょう?
剛 壽里:「経営者だと思ってもらえない」ということは、度々ありましたね。女性としてのパーソナリティでは、「経営者」という肩書きよりも、「lululemonのブランド関係者」や「ヨガインストラクター」という肩書きのほうが、外部の人にはしっくりきたのかもしれません。
ただ、それは必ずしも差別意識とは限りませんし、それはそれとして柔軟に立ち回ったり、熱意で示したりすればいいだけのこと。いちいちマイナスに捉えて、ネガティブに感じている場合ではないでしょう?
逆に、女性としての強みとして、わたしの会社は女性スタッフがほとんどなので、互いに配慮してサポートし合える優しい雰囲気が特徴となっています。ただし、女性ならではの厳しさもあり、どういった側面が職場に現れるかは、リーダーであるわたしの姿勢にもかかっています。
リーダーとしての不完全さを認めながら、自身の成長を見せていくこと。また、スタッフへの行動指針や期待、理想とするチームのあり方を伝えたうえで、わたし自身がそれを体現していくことを心がけ、支えるに値するリーダーでありたいのです。おそらく、それは女性であれ男性であれ、さらにどんな国の人であっても同じで、そういう強さは見せていかないといけません。
良きリーダーとなるためには本人の意志や情熱が求められますが、女性がリーダーとなることへの偏見や不利益は本来なくていいものですから、それは企業がサポートをしていくべきではないでしょうか。
——最後に、充実したキャリア形成を願う女性従業員に向けた、メッセージをいただけますか。
剛 壽里:わたしの好きな言葉を、みなさんにも贈りたいと思います。
「自分がJOY(喜び)を持って生きることが、世界へのギフトである」
原文は英語なので、少し解釈のズレがあるかもしれませんが、あなたが自分の幸せを追求することが、周囲の人たちにも幸せを与えることになるという言葉です。
仕事においても、女性だからといって身を引いたり、理不尽な謙虚さを強いられたりする必要はありません。「自分の可能性を試してみたい」「好きなことを実現してみたい」といったエネルギーを信じて動き出すことが、みなさんのウェルビーイングにつながっていくし、そうして生み出した価値が周囲にも広がっていきます。
わたしも、ヨガの持つ力を信じてここまで来ることができました。これからもっと、男女の区別なく、みなさんが気軽にヨガをはじめられる環境やサービスを提供していきます。