「マインドフルネス」という言葉を知っていても、具体的になにを指すのかはよくわからないという人は多いかもしれない。海外では、アスリートやエグゼクティブ層を中心にパフォーマンスアップやメンタルヘルスのために習慣化しているマインドフルネスについて、「難しいものではなく、日常の何気ない行動に意識を向けること」と語るのは、「IGNITE yoga studio」の経営者であり、ヨガインストラクターである剛 壽里(コウ・ジュリ)氏だ。ヨガとも関係の深いマインドフルネスについての解説と、ウェルビーイングとの関係性、また企業がマインドフルネスを導入する際のポイントを聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
——短刀直入にお伺いしますが、「マインドフルネス」とはどういうものですか?
剛 壽里:マインドフルネスは定義が曖昧で、奥深いイメージばかりが先行しがちですが、行うことは至ってシンプルです。わたしは、「日常の何気ないことに意識を向けること」が、本来のマインドフルネスだと考えています。
例えば、歯磨きや食事をするときに、その行為そのものに集中することだってマインドフルネスです。わたしたちは生きて活動するなかで、様々なことを無意識に、まるで自動運転のように行っています。だから、心のなかに悩みごと、不安、焦りなどのストレスがあったとしても、そのストレスに意識を傾けたままの状態で日常生活を滞りなく行えてしまいます。ずっと仕事のことを考えながらでも、食事することはできますよね?
でも、いったん仕事のことは忘れて食事に集中してみると、様々なことに気づくはずです。「しっかり噛んで食べていないな」「お米ってこんなに味がしたのか」など、自動運転で流していると見逃してしまう何気ないことに気づけるのです。
食事に限ったことではなく、日々のあらゆる行動に対して意識を傾けると、たくさんの気づきを得られます。だからわたしは、マインドフルネスを「気づく力を養うトレーニング」だとも思っているのです。
——マインドフルネスによって「気づく力」を養うと、どのようなメリットがありますか?
剛 壽里:自分自身の「現在の状態」に気づくことができます。食事などの日常生活と同様に、忙しさやストレスによる感情に振り回され続けていると、自分の精神状態や体の状態を把握できません。そして、自らを客観視することなく、原因に気づくこともないまま、いつも自分のことで一杯になってしまい、周囲の人たちの気持ちを考える余裕すらなくなるでしょう。
さらに内面的なことをいえば、自分のポリシー、夢、やりたかったことなど、そうした大切なマインドがブレていることすらわからなくなります。
でも、「なにかおかしいな?」「自分はこんな人だったろうか?」と思ったとき、焦りや不安、ストレスを横に置いて自分自身に意識を向けることができれば、「最近ちょっとネガティブかもしれない」と気づくことができます。「どうしてネガティブになってしまったのだろう」と考え、その原因に気づくことができれば、その状況に向き合い対処すればいいのです。
この、「自分自身の変化に気づくこと」も、マインドフルネスの効果のひとつです。
——壽里さんは、マインドフルネスの習慣としてどのようなことを行っているのでしょうか? 実践例をお聞かせください。
剛 壽里:わたしは毎朝、10分間のメディテーション(瞑想)を行っています。仕事がハードで忙しい人はたくさんいますが、その忙しさを乗りこなしている人と振り回されがちな人の違いは、朝の時間の使い方だと捉えています。ですから、1日のはじまりにマインドを整えるタイミングとして朝の時間を大切にしているのです。
マインドを整えるといっても、自問自答などをするわけではありません。メディテーションのあいだは、なるべく自分の呼吸だけに意識を向けて、なにも考えないようにします。すると、いま抱えている問題、不安、焦っていることなどが雑念として湧き上がってきます。でも、そこには意識を傾けず、ひたすら呼吸に意識を集中させていくのです。
——座禅のように、「無」になるのですね。
剛 壽里:その考え方でいいと思います。ただし、どこにも意識を向けないことは難しいので、自分の呼吸だけに意識を傾け集中を深めてください。ポイントは、「雑念は湧いていい」ということ。メディテーションをはじめた人の多くが、「雑念が湧いてしまって無になれない」といって難しく考えがちなのですが、わたしだって瞑想中に、「今日これやらなきゃ」とか「あれ、どうなったかな」という雑念は浮かびます。
繰り返しますが、大事なことは、湧いてくる雑念に意識が持っていかれないように、呼吸に意識を戻すこと。これは、余念にとらわれず目の前のことに集中するトレーニングなのです。
メディテーションを毎朝の習慣にすることで、わたしは日中の仕事でも、忙しさ、課題、ストレス、トラブルなどに意識を引っ張られて心を乱されることがありません。つねに自分本来のマインドに立ち返り、笑顔と情熱を持って仕事に取り組むことができます。
——まさに、ビジネスパーソンに必須の習慣といえますね。
剛 壽里:マインドフルネスは、「台風のなかで、台風の目を見つけること」と表現されることもあります。仕事量が多く忙しい人や、重要な判断を求められるエグゼクティブ層、部下にも目配り・気配りが必要なマネジメント職にとって、ビジネスのレベルを高めるために欠かせない習慣だと思います。
余念に振り回されず目の前の仕事に集中できるので、仕事のパフォーマンスが上がるだけでなく、感情をコントロールし心の余裕を保てるので、対人関係にもいい影響が期待できます。
——マインドフルネスの「気づき」と「本来のマインドに立ち戻る」効果は、ビジネスパーソンがウェルビーイングについて考え直すきっかけにもなりそうです。
剛 壽里:特に、仕事ばかりを優先しがちな人はそうだと思います。ないがしろにしていた自分のプライベートのあり方や健康状態のこと、家族・友人のこと、ウェルビーイングな生き方についても、気づきを得て考え直すことにつながるでしょう。それらのことは、メンタルヘルスの失調を防ぐことにもつながります。
——実際に海外では、マインドフルネスの機会を従業員に提供する企業は多いと聞きます。企業の社内セミナーやイベントとしてマインドフルネスを実施する場合、どのようなかたちで実施するのがいいですか?
剛 壽里:従業員のみなさんと講師が一緒にマインドフルネスを行うのであれば、始業前の時間にメディテーションを定期開催するのがいいかもしれません。ヨガやフィットネスと比べて手軽に取り組め、在宅勤務の人がオンラインから参加しやすいコンテンツとして提供することが可能です。
ただし、メディテーションは、やればすぐ心が整うような即効性のあるものではなく、ストレスと距離を取るためのトレーニングです。習慣化してこそ効果を実感していくものなので、継続参加してもらえる動機づけが欠かせません。
例えば、部署全体の参加を想定し、時間と経験を共有するチームビルディングとして実施するのもひとつの手です。マインドフルネスはメンタルを安定させ、感情のコントロールや他者への気配りにも好影響を与えますから、みんなで習慣化できればチーム全体の人間関係や協調性に寄与できます。
また、冒頭で説明したように「マインドフルネス=メディテーション」ではなく、アプローチは様々です。マインドフルネスの概念や考え方、目的と効果について、座学の時間を設けて伝えていく動機づけも大切だと考えます。ヨガやフィットネスのように体を動かすコンテンツとは異なる内面的な行為であり、自発性がなければただ時間を潰すだけになってしまうからです。
——効果を伝える動機づけという点では、実践している人の声を伝えるのも効果的でしょうか?
剛 壽里:社内で実践されている人の体験や、部署での実践事例を社内報などのインナーコミュニケーションを用いて伝えていくといいですね。
ストレスに振り回されないレジリエンスの向上、目の前の仕事に集中するパフォーマンスの改善、そして自分自身のウェルビーイングを見つめ直す機会として、ぜひマインドフルネスを取り入れてほしいと思います。
また、ヨガも体の動きと呼吸を連動させる運動であり、呼吸に意識を傾けるマインドフルネスです。マインドフルネスだけを単体で伝えるよりもヨガも同時に実施していくことで、運動不足解消の効果もあり、マインドフルネスを理解するための間口を広げることにもつながっていくはずです。