「健康経営」の実現に向けて、部署を任されるマネージャーはどのようなアクションを起こしていくべきだろうか。コンサルティング会社の代表として、815社、17.3万人の「働き方改革」の支援を行い、そのデータをもとに『AI分析でわかったトップ5%リーダーの習慣』などの著書を持つ越川慎司氏に話を伺った。できるマネージャーが実践している、健康経営に資するマネジメントについて、考え方とテクニックの一端をお伝えする。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
——健康経営における組織のマネージャーの重要性について、越川さんはどのように考えていますか?
越川慎司:わたしが思う「健康経営」の概念は、「従業員が心身ともに健康で仕事ができ、かつ成果が出せる状態を保つことで、企業と従業員がともに成長すること」であると考えます。しかし、組織が大きくピラミッドの階層が深いほど組織の決定事項は絶対となり、チームの健康状態や働き方の苦しさについて訴えたくても忖度が生じてしまいます。
また、昨今ではIT業界を中心にハイブリッドワークが浸透し、休息と仕事の場が同一になることで境目が失われています。さらに、対面で顔を合わせないことで、マネージャーがメンバーの健康状態の悪化に気づくことが難しくなり、健康経営における新たな課題を生んでいます。そうしたなかで、現場のマネージャー自らが改善に取り組む意義と功績は大きいと考えます。
——率直に伺いますが、マネージャーは具体的にどのようなことを心がけ、どのようなアクションを起こしたらいいのでしょう。
越川慎司:まず大切にしてほしいことは、「マネージャー自身が健康である」ことです。マネージャーは自分の健康状態や自身の健康的な働き方を、あたりまえに重視する必要があります。マネージャーが空気を読んで休暇申請を遠慮したり、忖度して残業したりするようでは、部署のメンバーもそうせざるを得ませんよね? マネージャーは、健康経営や「働き方改革」におけるロールモデルなのです。
そもそも健康というのは、会社が与えたり管理したりするものではなく、従業員が自分で管理・維持するものです。それをマネージャーが実践して示し、メンバー同士で健康や働き方をお互いに尊重する「共感共創」のマインドをチームにもたらすことが、健康経営においてマネージャーに求められることだと考えます。
——「誰も不健康な働き方をする必要はない」という合意形成を図るということですね。
越川慎司:そういうことです。そして、日々の業務内容についても、マネージャーが率先して無駄を取り除くアクションを起こすことが大切です。
わたしの会社では、815社のクライアント企業で「働き方改革」の支援を行っているのですが、そこで働く約17.3万人の従業員を調査し、様々な角度から分析を行っています。その結果、97.5%の従業員が仕事量に対して「時間が足りない」と感じており、ただ残業を取り締まるのでは、カフェや自宅でサービス残業をする従業員を増やすばかりだということが明らかになりました。そうではなく、本質的に残業を減らせるよう、チームの業務効率化を断行することがマネージャーの手腕の見せどころなのです。
また、生産性の高いチームのマネージャーの仕事ぶりを分析すると、そうではないマネージャーに比べてメンバーとの「対話」の量がおよそ25%多いこともわかっています。その結果、メンタルを崩すメンバーが22%少なかったり、メンバーの研修への意欲が37%高かったりする成果が出ています。
そこで、できるマネージャーが行うべき「無駄な業務の削減」「対話の重視」について具体的にお話ししたいと思います。
——「無駄な業務を取り除く」というのは、例えばどのようなことになりますか?
越川慎司:その最たるものは、「社内会議」です。従業員約17.3万人への調査によると、その勤務時間の実に39%が社内会議に費やされていました。
会議が意義あるものであればいいのですが、実際のところ61%の会議でアジェンダが共有されていませんでした。議題がないのに定例だからといって集まり、議題を探る「会議のための会議」だったのです。そうした会議では、せっかく集まっても意見をする人は少数で、ほとんどの社員は「座っていること」が仕事になってしまいます。
そんなことに時間を使うのであれば、「議題がないので今回は中止します」と決めて、各自の実務を進めたほうが、残業を減らすことができて効率的ですよね。
——マネージャーの立場に立ってみると、それこそマネージャー自身の上司も参加するような上位の会議では「無駄だからやめましょう」とはいいづらいと思います。しかし、自分のチームのミーティングについては、会議の意味を見直すことができそうです。
越川慎司:上位の会議でも、アジェンダを積極的に提案するなど、意義をつくるアクションを起こしたいところですが、まずは自分のチームをベースに考えていきましょう。
また、先に述べたように社内会議は業務全体の39%ですが、さらにメールと資料作成を加えると、業務全体の59%を占めます。このボリュームの大きい業務をターゲットに、スリム化を図っていきましょう。
いま、当社では約17.3万人の従業員のみなさんに、自発的に業務効率の改善点を見つけてもらう「振り返り内省」をお願いしています。金曜日の午後3時から15分だけ、1週間のメールやカレンダー、手帳をただ見返してもらう取り組みです。これだけで、平均11%の業務効率化を実現しました。
みなさんもそうだと思いますが、はなから「これは無駄だ」と思ってやっている仕事などありませんよね? その時点では意味があると信じて行っているのですが、客観的に自分の仕事を振り返る時間をつくると「本当にこの手間は必要か?」と疑うことができます。そうして、各自で無駄を省いた結果が11%の効率化なのです。
例えば、対外的なプレゼン資料ならグラフやビジュアルを多用し論理展開を工夫するのは結構ですが、社内資料であれば必要ないかもしれません。
また、意外と「メール、見ていただけましたか?」という確認のメールが多いことに気づく人もいます。それなら、社内連絡はチャットにして、相手のステータス表示で既読を確認すれば、その手間は省けるはずです。
——この「振り返り内省」は、すぐに誰でも取り入れられそうですね。
越川慎司:そうですね。ただし、いきなりメンバーに命令や依頼をしても、1カ月もすれば形骸化してしまいがちなので、メンバーの内発性を引き出すアプローチが大切です。そのためには、まずマネージャーが振り返り内省を1カ月間実験して、具体的な成果を出すことが重要です。そして、「あなたを助ける有益な情報」として、実験結果とともにメンバーに共有しましょう。
これはわたしの経験則ですが、日本人、韓国人、フランス人は返報性が強く、メリットを与えられると「自分もお返ししたい」というモチベーションが高いのです。命令では反発してしまう人も、納得できるかたちでメリットを共有すると気持ちに応えようとして取り組んでくれます。