いまマネジメント層に求められる、組織の活力を生み出す「心理的安全性」の高め方
会社の居心地がよく、人間関係も良好で、離職率も低い。そのうえ、従業員一人ひとりが能力を最大限に発揮し、結果として業績も上がっていく——。そのような状況は、組織としての理想型といえる。そんな職場環境をつくるために、マネジメント層をはじめとする従業員が心がけるべきことはなにか? 自己肯定感ブームをつくりあげた、人気の心理カウンセラー・中島輝氏に聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/川しまゆうこ
若い世代ほど自己肯定感は低い。世代を考慮したマネジメントが必要
——職場の人間関係やマネジメントのあり方によって居心地のよさは変わり、従業員のエンゲージメントやモチベーションを大きく左右すると思います。そうした職場の心理的安全性について、中島さんの考えをお聞かせください。
中島輝:わたしは、若い頃に経験した自分自身の「引きこもり」体験から、自己肯定感に軸足をおいた心理カウンセリングを行っているのですが、「心理的安全性」というのは自己肯定感を育むための土台となるものです。
心理的安全性とは、自分の意見や気持ちを表現しても拒絶されず、受け入れてもらえる安心感を指します。大人であっても、そういった職場環境があってはじめて自分の意見を自由闊達にいえますし、リラックスして能力を思う存分に発揮できるわけです。
しかし、自分の考えと反することをいうと怒る上司がいたり、監視されているような職場だったり、人間関係がギスギスしていて言葉や態度に気を配らないといけなかったりする環境では能力を発揮することはできません。自分の考えや発言は否定され、あるいはみずから押さえ込まねばならず、自己肯定感は低下する一方です。
自己肯定感というのは、「高い」「低い」で表されますが、人それぞれに総量があります。自己肯定感が高い人は、否定的な環境にあっても耐えることができ、視点を変えてポジティブに振る舞うことができます。その一方で、自己肯定感が低い人はその環境に身を任せてしまい、どんどん塞ぎ込んでいってしまうのです。
——自己肯定感が下がればモチベーションも自発的なアクションも減り、尽きてしまえば、メンタルダウンの原因にもなると理解していいでしょうか?
中島輝:そう捉えてもらっていいと思います。特に、従業員やマネージャーのなかでも上の世代の人たちが意識すべきことは、「若い世代ほど自己肯定感が低い」という事実です。少し古いデータになりますが、以下は1980年、2002年、2011年の高校生に「自分はダメな人間と思うことがあるか」を質問した結果の比較です。
出典:(財)日本青少年研究所「高校生の生活意識と留学に関する調査報告書」
1980年に高校生だった人は現在の約60歳、2002年に高校生だった人は現在の約40歳、そして2011年に高校生だった人は現在の約30歳です。自分を明確に卑下している人が、現在60歳の人に比べて30歳では3倍もいることがこのデータから見えてきます。人それぞれ、その後の生き方によって自己肯定感は変わりますが、傾向として若い世代ほど自己肯定感が低いことを表しています。さらに、20代ではもっと自己肯定感が低い傾向にあるといわれます。
その原因は定かではありませんが、自己肯定感はその国の経済状況に比例するともいわれています。バブル経済前夜であった1980年と、バブル崩壊後の「失われた10年」を経た2000年、さらに経済が衰退した「失われた20年」後の2011年で、厳しい状況に置かれた大人たちの自己肯定感が大きく低下したことは想像に難くありません。親の姿を見て育つ子どもたちもまた、その影響を受ける可能性は十分に考えられます。
上の世代の人たちからすると、「若い従業員は少し叱られただけで落ち込んでしまう」と不思議に思うことが多いかもしれません。ですが、世代ごとのメンタリティの違いであることを理解しておくことが大切です。もちろんそれは、能力の優劣ではなく感受性の違いに過ぎません。
自分たちの世代の感覚で否定的なコミュニケーションやマネジメントをすれば、思っている以上に、若い世代にとって居心地の悪い職場環境をつくっている可能性があるわけです。
心理的安全性を生み出す「3つの承認」
——自己肯定感の違いを踏まえて、マネジメント層が心がけるべきことはありますか?
中島輝:先にも述べたように、自己肯定感の土台になるもののひとつには、心理的安全性があります。ですから、マネジメント層は評価権限を持つ立場としての影響力を自覚し、部下に対して肯定的なコミュニケーションをしていく必要があります。また、マネジメントの基本でもある「3つの承認」を徹底するといいでしょう。
「存在承認」「成長承認」「結果承認」からなる3つの承認は、相手の心理的安全性を高めることに寄与します。
例えば、取引先への訪問後に、「今日は一緒に来てくれてありがとう」と伝える。あるいは、日々の業務のなかで「このチームにあなたがいてくれて助かるよ」と部下の存在に感謝し、役に立っていることを伝える。これが、「存在承認」です。
「成長承認」は文字通り、「相手の成長した点を評価し、言葉で伝える」ことです。「以前より仕事が早くなったね」など、進歩・成長を評価する声かけを日頃から行うことで、相手は自信を持てますし、気にかけてもらえている(=大事にされている)ことを感じられます。困っていそうなときに声をかけたり、「なにかあればサポートするから気兼ねなく頼ってほしい」と伝えたりすることは、とても効果的だと思います。
そして最後に、「結果承認」です。ひとつの仕事の成果であるか、期末目標の成果であるか、どちらでも最終的に達成したことについて評価し、承認することが大切です。いい結果が出たのであれば、「前期より成績が伸びたね。よく頑張った」と評価をすればよく、目標に達しなかった場合でも、「以前より提案数も増えて企画書の精度も上がっている。来期もこの調子で頑張ろう」と、プロセスから評価を行うといいでしょう。
いずれも、ポイントになるのは「肯定的」であることです。必要な指摘やフィードバックは行いつつも、存在や人格、取り組みを否定することなく、感謝と肯定的な評価を行ってほしいと思います。
若者の気持ちがわからなくても幸福度の高いマネジメントはできる
——それでも人は、過去に自分が受けてきた指導方法や育った感覚で後進に接してしまいがちです。こうした心理に対するアドバイスはありますか?
中島輝:40代、あるいは50代以上の人は、自分自身が若い頃に人格否定的な指導や、抑圧的なマネジメントをされた経験もあるはずです。「昭和スタイル」ともいうべき、いわゆるスパルタ指導です。上司部下の関係だけでなく、先輩後輩間のコミュニケーションも、いまほどフラットではなかったでしょう。
その結果、自己肯定感を損なった経験がある人もいる一方、「その厳しさがあったからこそ、いまの自分がある」と認識する人も多いのが実情です。もちろんそれは、間違いではありません。「厳しくても愛情があれば伝わる」ということもあるからです。
ただしそれは、あくまでも自分の成功体験であり、「他人にも通じる」と思い込むのは危険ではないでしょうか? まして、若い世代ほど自己肯定感は低く、打たれ弱い傾向にあるのです。そうであれば、コミュニケーションのあり方を柔軟に変えていくことも必要だと思います。
国際的な経済誌として知られる『ハーバード・ビジネス・レビュー』に発表された心理学の研究成果によれば、ウェルビーイング、つまり幸福感の高い従業員は、そうでない従業員に比べて以下のパフォーマンスアップが見られたといいます。
- 創造性……+200%
- 売上………+37%
- 生産性……+31%
- 欠勤率……-41%
- 離職率……-59%
- 事故………-70%
こうしたファクトを見ても、「いや、そうとは思えない」「これは海外の研究に過ぎない」と納得できない気持ちもあるかもしれません。そこで提案なのですが、「ファクトベースの接し方を試してみる」のはいかがでしょうか?
自分の経験則を否定するのではなく、一旦、胸に収めて、ファクトに沿った肯定的なアプローチを演じるのです。それによって、経験則ベースよりも円滑なコミュニケーションが取れたり、チームビルディングができたりするのであれば、新たな経験として積み上げていけばいいのです。
一般に、年齢を重ねると考え方の柔軟性が損なわれるといわれますが、それ以上に、わたしたちは長年積み重ねた成功体験にとらわれます。心理学において「強化理論」と呼びますが、成果を得られた経験が多いほど、その行動パターンを繰り返そうとしてしまうのです。
しかし、その経験則がすでに通用しないものになっているのなら、打ち破っていく必要があります。コミュニケーションにおけるリスキリングとして、実践してほしいと思います。
——企業としては、マネージャーのそうした意識変容を促す機会として、コミュニケーション研修を導入することも必要とされますね。
中島輝:子どもたちの自己肯定感の低下を鑑みて、学校教育では2017年の学習指導要領から自己肯定感を育むことが目標に加えられましたが、その効果がすぐに出るとは限りません。つまり、少なくとも直近5年、あるいは10年先の新社会人は、これまで同様に自己肯定感の低い状態が予測されます。
事業の中心となる世代が満足度の高い働き方をして、成長し活躍する——。そのためには、心理的安全性をベースとした快適な職場環境の実現が一層求められることになります。
これまでのマネジメント職では、経営戦略やマーケティングなど、事業をリードする学びが求められました。ただ、時代は刻々と変化しています。これからは、メンタルヘルスやコミュニケーション、コーチングなど、部下や同僚のメンタリティに最適なアプローチを学んでいく必要が高まっていることを、ぜひ意識においてほしいと思います。