ウェルビーイングを実現する原動力は、あらゆる課題に立ち向かう「自己肯定感」にある
企業として健康経営に取り組んでも、「従業員が積極的に参加してくれない」「関心を示さない」といった悩みを、担当者は抱えがちである。昨今の自己肯定感ブームをつくった第一人者として知られ、メンタルヘルスに関する著書が数多くベストセラーになっている心理カウンセラーの中島輝氏は、「健康経営を実践するうえで、従業員の自己肯定感を高めることが施策の土台になる」と語る。「自己肯定感」が、従業員の思考や行動、ウェルビーイングを追求する生き方にどう影響しているのだろうか。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/川しまゆうこ
「自己肯定感」が高ければ、人生の困難に立ち向かえる
——中島さんは現在、「自己肯定感の重要性をすべての人に伝え、自立した生き方を推奨する」という考えを前提に、心理カウンセラーとして活躍されています。自己肯定感の有無が個人の生き方にどのように影響すると考えていますか?
中島輝:自己肯定感というのは、「幸せになりたい」という人間の根源的な願望を湧き立たせ、実際に行動していく力になるものです。ですから、自己肯定感が高ければ、いま自分がどんなにネガティブな状況でも、自分を否定するギスギスした人間関係のなかにいたとしても、ポジティブな視点を見出してそこから脱することができます。
一方、自己肯定感が不足していると、ネガティブな環境に影響を受けてしまいます。他人から否定されると、真に受けてずっと思い悩んでしまったり、アンラッキーなことがあるだけで「自分はどうしてこうなんだ……」と下を向いてクヨクヨしてしまったりと、自分の不遇な部分ばかりに意識が傾き、ネガティブな環境から抜け出せなくなってしまうのです。
いわば、自己肯定感は視点を変える力となるものです。たとえ不遇な状況でも自己肯定感が高ければ、「自分はもっとやれる!」「自分は大丈夫だ!」と心から思い直し、視点を変えて明るいほうへ動き出せるというわけです。
——つまり、自己肯定感が高いことが、ウェルビーイング(幸福な状態)に向かうための必要条件になるということですね?
中島輝:確かに、自己肯定感が低いままでは、ウェルビーイングに向かうチャンスがあっても、それに気づきづらくなってしまうでしょう。企業が健康経営に取り組んだ際、「どうして結果が出ないのか?」と疑問に感じることもあると思いますが、その問題解決の鍵は、従業員の自己肯定感にあります。
例えば、企業が有給休暇を奨励しても取得率が上がらないということがありますよね? そこには、「いまの部署の忙しさでは休みは取りにくい」「なかなか上司が認めてくれない」といった、環境要因があるのかもしれません。ただ、もっと深掘りしていくと、従業員自身の自己肯定感が低く、自分自身を大切に思う気持ちに欠けることが原因である可能性もあります。自己肯定感が低いため、「有給休暇を取らずに仕事をしたほうが評価される」といった思考に陥ってしまい、有給の推奨を受け入れられないのです。
また、「様々な福利厚生を用意すれば利用してもらえるだろう」と安易に考えがちですが、従業員の自己肯定感の低さゆえに制度の活用が進まないことも考えられます。ただしこれは、「伝え方」に問題があるのかもしれません。
例えば、「企業型DC」のような老後資金の準備や、フィットネスクラブの優待制度などの施策を紹介する場合、「ありますよ」と簡単に伝えるだけではなく、具体的なビジョンを示すことが大切です。「これを活用すれば、こんな利点がある」と明確に伝えることで、従業員が福利厚生を活用するメリットを理解することができます。また、動画などの視覚的な資料を活用すれば、メリットをさらにリアルに伝えることができるはずです。
しかしながら、これらはあくまで外部からの対処療法に過ぎません。根本的な解決策は、従業員自身が自発的にウェルビーイングに向かっていくマインドをつくるための、自己肯定感を満たす取り組みなのです。
自己肯定感を「6つの感」に分け、欠落した感覚を育てる
——自己肯定感を高めるために、どのようなことを意識したらいいですか?
中島輝:人間の心理というのはとても複雑なものですから、単に「自己肯定感を高めることが重要だよ」というだけでは、漠然としていてつかみどころがありません。そこで、自己肯定感を構成する「6つの感」というものを考えていきましょう。
【自己肯定感を構成する6つの感】
❶自尊感情 (根)……「自分には価値がある」と思える感覚
❷自己受容感(幹)……「ありのままの自分を認める」感覚
❸自己効力感(枝)……「自分にはできる」と思える感覚
❹自己信頼感(葉)……「自分を信じられる」感覚
❺自己決定感(花)……「自分で決定できる」という感覚
❻自己有用感(実)……「自分はなにかの役に立っている」という感覚
この「6つの感」が、根から実までの「自己肯定感の木」をかたちづくっています。そのため、これら6つの要素のなかでひとつでも欠けてしまうと、全体のバランスが崩れてしまうのです。自分が失っている「感覚」に気づき、しっかりと育ててあげることで、「自己肯定感」は整い、高まっていきます。
——自己肯定感に「6つの感」があることは理解しましたが、例えば、「❶自尊感情」は個人や組織にどのような影響を与えるものですか? そして、それぞれの「感」を高めるために有効なワークなどがあれば教えてください。
中島輝:まず、自分の価値を信じる「❶自尊感情」があることで、高いセルフイメージを描くことができます。仕事に対する意識の高さやプライドに直結しますし、会社全体のビジョンや長期計画に対して、自分のやりがいや役割を見つけていくメンタリティにもつながります。
反対に、自尊感情に欠けていると、会社が高いビジョンを掲げても共感を得られず、結果としてモチベーションが下がってしまいます。また、理念浸透のための研修を行っても、ネガティブに捉えるため気持ちが乗らず、効果も薄くなってしまうでしょう。
そのため、あらゆることをポジティブに捉え直す「リフレーミング」の習慣を根づかせ、従業員の自尊感情を育むことが大切です。そこでわたしは、脊髄反射的に出てくるネガティブな言葉を、ポジティブな言葉に変換して認識を変えていくトレーニングを行います。
このような言葉の変換はあくまでも取っ掛かりであり、本質的に重要なのは、認識の枠組みを変化させる思考習慣を身につけることです。もしも自分を否定する人がいたとしても、「また拒絶されてしまった」と落ち込むのではなく、「あの人は自分の弱点を指摘してくれる存在であり、メンターのような人だ」と認識を変えることで、自尊感情を育むことができます。企業研修などの際には、実際にこのようなことをワークとしてやってもらうのですが、単純に思える言葉の変換でも、「すごく気持ちが前向きになった!」という人も多いものです。
——「❷自己受容感」以降についてもお聞かせください。
中島輝:「❷自己受容感」の「ありのままの自分を認める」とは、「強み・長所」だけでなく「自分の弱さ・短所」も受け入れて自分を愛している状態です。自己受容感が高ければ、失敗して落ち込んだとしても「それも自分だ!」「大丈夫! なんとかなる」と思って克服に向けて動き出したり、自分を俯瞰して「これは苦手だから仕方ないか」といい意味であきらめ、「長所で勝負しよう」と考えたりできるわけです。
自己受容感に欠けると、自分の短所にばかりこだわって落ち込んでしまい、自己否定を強める傾向があります。さらには、その視点を他人にも向け、欠点や悪い側面ばかり見て攻撃的になってしまうのです。「自分に厳しく他人にも厳しい」といえば聞こえはいいですが、息の詰まる職場環境や人間関係を生み出す原因にもなるので注意が必要です。
この克服には「フォー・グッド・シングス」というワークをおすすめしています。簡単に説明しますが、今日あったネガティブなできごとを紙の中心にひとつ書き、その周囲に4つの「よかったこと」「うれしかったこと」を書き出します。「ケーキが美味しかった」くらいの些細なことで構いません。それだけで、「今日、わたしはダメなことばかりではなかった」と認識し、自分を責めずに受け入れることができるようになります。
「❸自己効力感」は、「自分はできる!」「自分は成し遂げられる」と思える感覚であり、失敗しても再起動する力や、困難にぶつかってもやり抜く力の源になるものです。近年注目される、「GRIT」(「やり抜く力」「粘る力」と定義されている言葉のこと。 困難に遭ってもくじけない闘志、気概や気骨などの意味を表し、社会的に成功している人たちが共通して持つ心理特性)にも通ずるメンタリティですね。
自己効力感が高い組織は、上司から部下へのフィードバックやフィードフォワードが効果的に機能し、前進していく力に優れています。しかし、自己効力感が低いとどうしても保守的になり、リスク回避に重点を置く組織にもなりかねません。会社として新事業を展開するなど、チャレンジを求めるのであれば欠かせないメンタリティだと思います。
自己効力感を育てるには、「if-thenプランニング」が有効です。これは「もしXが起きたらYの行動をする」と決めておいて、習慣化を促すメソッドです。「電車では必ず本を読む」など簡単なことでいいので、習慣化を実現させましょう。その積み重により、「自分はやるべきことができる」と思えるようになり、自己効力感が高まります。
「❹自己信頼感」は、「自分を信じられる」感覚です。「自分はできる」という自己効力感が高くても、失敗や理不尽に否定される経験を積み重ねると、「本当にわたしにできるのだろうか……」と自信を失い、行動できなくなっていきます。でも、自己信頼感が高ければ、不信に陥ることはありません。積極的にチャレンジし、自分の可能性を広げていけるのです。
問題なのは、自分を信頼できないことが関係して「不安」を生むことです。そしてやっかいなのは、不安は「怒り」につながりやすく、少しのことでイライラしてしまいかねません。
それを防ぐためには、ストレスや困難な状況への対処を決めておく「コーピング」が有効です。先の「if-thenプランニング」のストレス対策版といってもいいかもしれません。ストレスを感じたら「背伸びをする」「散歩をする」「音楽を聴く」「サウナに行く」など、すぐできる気晴らしの方法をリスト化し、実行するのです。ストレスを克服する習慣を身につけることで、弱気にならずにいられる自己信頼感を育むことができます。
——ひとつでも欠落していると、心がアンバランスになることが理解できますね。さらに、「❺自己決定感」「❻自己有用感」についても解説をお願いします。
中島輝:「❺自己決定感」は「自分で自分のことを決められる」感覚です。「自己決定感が低い」というのは、例えば「いわれたことをやる」という考え方の人たちがそうでしょう。
わたしたち人間は、「自分で決めたこと」を実現したときに人生をコントロールできている幸福感を味わうことができ自己決定感も高まっていきますが、自分の考えが否定されると自信はなくなり、さらに自己決定感も下がっていきます。そして、自分でものごとを決める意思すら失ってしまいます。そういう状態の従業員に対して、「やる気を持とう!」とか「自分で考えよう!」と訴えかけてもまるで響きません。
自己決定感を高めるには、自分自身で決めたことを達成し、その喜びを体感するトレーニングが必要です。そこで、「スモール・タイムライン」というワークを行います。現在を起点に、3カ月、6カ月、12カ月後の「なりたい自分の姿」をイメージし、その目標に向けた取り組みを行うのです。
最後の、「❻自己有用感」は、いわば「利他の心」です。「自分は誰かの役に立てる」と思えるから貢献意欲が湧き、助け合いの行動が取れます。この感情が低いと、チームワークに対して消極的になりますし、サポートする意識が低いぶん、自分が他人に支えられて生きている感覚にも乏しくなります。その結果、人間関係の調和を乱し、不必要な軋轢を生むことだってあります。
そこで、「ピア・プレッシャー(同調圧力)」というワークを行います。例えば、グループで英会話教室に通ってもらうなど、プロジェクトチームを編成するのです。自分ひとりでは面倒でくじけてしまうことでも、「仲間も頑張っているからサボれない」という気持ちや、仲間と感化し合って頑張る感覚を育むことで、自己有用感を高めていきます。
このように、「自己肯定感」を細分化することで、構造やアプローチの仕方が見えてきたと思います。いずれの感覚も「今日から心がけましょう」といわれてすぐに持てるわけではありませんから、それぞれの感覚を育むためのトレーニングや環境づくりを行っていくことがポイントになります。
世代ごとの特性を見極め、自己肯定感にアプローチする
——「年齢を重ねるごとに、感覚や思考様式を変えるのは難しくなるのではないか」と思ってしまうのですが、自己肯定感は年齢に関わらず高めることができるのでしょうか?
中島輝:それはもちろん可能です。ただし、自己肯定感は、世代ごとの社会背景や働き方、教育などからも大きな影響を受けているので、各世代の特徴をつかんで対処を考えていくといいと思います。
例えば、40代~50代の人は、自己効力感は高いものの、自尊感情に欠ける傾向があります。職務を遂行する力は高くても、楽しく過ごすことや将来の幸福について関心が向いていないことがあるのです。
もし、自己肯定感を高める研修を実施するのであれば、参加者を世代で区切り「6つの感」のトレーニングを行うだけでなく、自分の立ち位置を見直し、定年まで活躍するためのリスキリングや老後の構想などについて考える機会もあわせて提供していくといいでしょう。
一方、若い世代――つまり、20代~30代といった人たちは、自己肯定感に対する関心が高く、人気ユーチューバーなども自己肯定感をくすぐるようなコンテンツを配信しているようですね。そして、そこで語られる自己肯定感というのは、「自己愛」が多いのです。
ですから、「6つの感」でいえば「自己受容感」(ありのままの自分を認める感覚)を高めることから入り、自己効力感以降の感覚を伸ばしてあげることで、仕事での活躍やプライベートの充実につながっていくはずです。
ここまで、自己肯定感と絡めながら従業員の仕事の側面から話をしてきましたが、従業員のプライベートの充実にも大きく関わっていることが想像できたのではないでしょうか? 自己肯定感を育むことにより、恋愛、結婚、子育て、介護、大切な人との死別、家計の問題など、ライフステージにおけるあらゆるテーマや問題に対してもしっかりと向き合うことができますし、ウェルビーイングを目指して自立的に動ける人間になっていくはずです。