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組織のポテンシャルを最大限に引き出す、「心理的安全性」への向き合い方

島津清彦しまづ・きよひこ
株式会社シマーズ代表取締役社長/株式会社ZENTech取締役ファウンダー/禅メソッドアカデミー学長/在家得度

経営者やマネジメント層、人事・総務担当者にとって、「健康経営」における重要な課題が「組織のコミュニケーション不全」である。そこで近年、組織のなかで自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態を意味する、「心理的安全性」の重要性が認識されるようになった。禅僧でありながら経営者でもあり、心理的安全性を軸にした経営・組織開発コンサルティング、リーダーシップ研修などを手掛ける島津清彦氏に、その必要性と具体的な取り組み方を聞く。

構成/岩川悟 取材・文/辻本圭介 写真/藤巻祐介

組織の「集合知」を生み出す、心理的安全性4つの因子

——まず冒頭で、いまの企業や組織が置かれている現状と、「健康経営」における課題を、時代背景に関する分析を含めてお聞かせください。

島津清彦:「健康経営」においては、まず「組織内のコミュニケーション不全」が大きな課題として挙げられます。その背景にあるものとして、いまの社会自体が非常に複雑かつ多様になり、いわゆる「正解がない時代」になっていることが要因だとわたしは見ています。

つまり、正解や価値観が多様な時代になっているわけですから、組織内でその都度、意識合わせのためのコミュニケーションが求められるのです。

しかし、そうした時代に組織がなにも変化せず、これまでと同じことをやり続けているとどうなるでしょうか? 変化する市場に対応できず、それこそ「先月売れていたものが、今月一気に売れなくなる」といった現象があたりまえのように起こります。しかも、それに対応する方法が誰にもわからず、価値観の多様化にしなやかに対応できないとなると、組織はもはや生き残れない状態になっているといえるでしょう。

——「健康経営」の重要テーマである組織内のコミュニケーションに焦点をあてることが、企業の生き残りを図るためにも、欠かせなくなっているわけですね。

島津清彦:これまでは、トップの人間が強力なリーダーシップを発揮して事にあたることが有効な手段とされていました。しかし、いまはトップですら明確な答えを持ちあわせておらず、その判断が正しいとは限らない時代になっています。

そんなときには、個人の「知」だけに頼るのでなく、チームや組織の「知」こそが鍵を握ります。これを「集合知」といいますが、組織やチームが自ら学習し、変化しながら「集合知」を生み出し続けなければ、世の中の動きにはうまく対応できません。

そうした現状があるにもかかわらず、組織内で幹部や管理層が高圧的だったり、下からの意見に対して懐疑的な雰囲気を醸し出したりしていると、メンバーは率直な意見をいいづらくなります。すると、「この仕組みはおかしいな」「もっとこんな取り組みをしたほうがいい」といった声が、現場から上がることがなくなっていくのです。

風通しのいい雰囲気がなければ、現場からの声は上がらなくなります。逆に、耳障りのいい、管理層にとって都合のいい情報ばかりが集まるようになるでしょう。そうして重要な経営判断が徐々にゆがんでいき、その積み重ねで組織が変化に対応できなくなっていくのです。そのことに気づき始めたいま、組織内における「心理的安全性」が要請されるようになっているのは当然の流れといえます。

——具体的にどのような方針で、組織内のコミュニケーション不全等の課題に向き合えばいいと考えますか?

島津清彦:まずトップがそのことを十分に理解し、組織内のすべての人間に対し、心理的安全性を重視する旨を宣言することが第一歩です。そこから、研修や社内講演などを通じ、幹部たちが心理的安全性についての正しい知識やメソッドについて知識を蓄え、トレーニングすることが欠かせません。

これに関して、わたしが取締役ファウンダーを勤める株式会社ZENTechでは、行動科学に基づく独自のサーベイから、「心理的安全性 4つの因子」を導き出しました。そのひとつ目が、まさに心理的安全性の定義でもある「話しやすさ」因子です。

ふたつ目は、「助け合い」因子です。これは、誰かが困っているときに見過ごしたり、非難したりせず、お互い様で協力し合うことです。

3つ目は、「挑戦」因子です。たとえ失敗しても、その結果をみんなでしっかりと受け止め、次なる挑戦に寛容になることを推奨しています。挑戦を歓迎する組織であることが、心理的安全性を醸成するからです。

そして、4つ目が「新奇歓迎」因子です。これは、新しいものやちょっと変わったものを歓迎する姿勢であり、ユニークな個性や考え方が組織に取り込まれるようになると、イノベーションの源泉にもなります。

この4つの因子を意識して、いまできる小さな行動からすぐに着手していくトレーニングを行っていきます。具体例を挙げるなら、本当に些細なことですが、お互いを「名前で呼ぶ」こともトレーニングの一環です。ちょっとした要件を伝えるときでも、必ず「◯◯さん、これ頼むね」と名前を入れて依頼することで、相手の存在欲求が満たされます。

また、感謝の言葉を伝えることも忘れてはなりません。ただ「ありがとう」というだけでなく、「◯◯してくれてありがとう」と、理由をつけて伝えるのがポイントです。そうすることで、ただの感謝の言葉が、相手の状態を察して思いやる行為にもなります。いわれたほうも、自分の気持ちや行動の意味がきちんと伝わっていることを感じることができます。まさに「忙がば回れ」で、小さな行動の積み重ねが、組織の心理的安全性を醸成していくのです。

心理的に安全な組織は「適材適所」が進み、リスクマネジメントもできる

——心理的安全性を軸に組織開発や人材開発を行うと、組織はどのように変化していくのでしょうか。実際に、島津さんが関わった経験を踏まえてお聞かせください。

島津清彦:先にも述べましたが、まず現場から意見がどんどん上がるようになります。ZENTechがコンサルティングで伴走支援した企業の例では、現場からの改善提案の件数が飛躍的に増えるだけでなく、ミスの報告も増えるという興味深い事例もありました。ミスの件数が多くなるのは一見よくないことのように思えますが、心理的に安全な組織では、ネガティブな情報でさえしっかり上がってくるようになるのです。

そもそも組織には、上層部に上がってこないネガティブな情報が実はたくさん存在します。しかし、起きてしまったミスや都合の悪い事実には、とにかく素早く対応するのが最善の策です。だからこそ、ネガティブな情報が逐一報告される必要があるし、経営層には、「悪い報告こそ経営にとって有益な情報」と捉える姿勢が必要なのだと思っています。

——他にはどのような変化が起こりますか?

島津清彦:組織やチーム内の議論が活発になるなど、「健全な衝突」が顕著に増えていきますね。先の4つの因子が満たされているからこそ、自分の意見を臆せずいえるようになるからです。

また、心理的安全性が担保されていると、一人ひとりの「強み」が次第にあきらかになることも見逃せないポイントです。個人が持つ強みや特性が見えてくるため、人事の観点でいうと、配属ミスなどが浮き彫りになります。組織というのは、やはり各々の強みを活かし、一人ひとりが輝くのがもっともいい状態であるので、心理的に安全な状態になると適材適所が進んでいくことにもつながります。

もちろん、組織やチームに対する個人の満足度が上がることで、企業にとっての最重要課題でもある離職率も下がります。そして、意見交換が活発に行われ、風通しがいい心理的安全性が高い状態であることは、組織における様々なリスクマネジメントにも大きく寄与します。いうまでもなく、その流れのなかで結果として会社の業績も上向いていくわけです。

組織の多様性を活かすことが「健康経営」に直結する

——働く人の悩みごとの大半が「人間関係」によって生じることは、多くの人の共通認識です。心理的に安全な組織をつくるために欠かせない、職場の人間関係を円滑にする禅の智慧を教えてください。

島津清彦:禅には「和顔愛語(わがんあいご)」という言葉があるのですが、まずは「柔和な顔で、愛情を込めた穏やかな言葉を使う」ことは、基本中の基本です。

そのうえで、「挨拶(あいさつ)」という禅語を紹介しましょう。現代の組織における挨拶は、先に下の人が上の人に対してするものと思われがちですが、本来「挨」とは押す、「拶」とは迫るという意味であり、修行中の禅僧同士が、互いの悟りの度合いをはかるために押し問答することを表しています。

つまり「挨拶」とは元来、「相手の状態を知るために積極的に投げかける言葉」であったのです。これを現代の組織に援用すると、むしろ上司から部下に積極的に歩み寄り、かつ穏やかな声をかけていけば、相手の考え方などが理解しやすくなるはずです。そうすることで、いまどのような状態なのかをしっかりと「観察」できるので、マネジメントにも役に立つでしょう。

——普段何気なく行われている「挨拶」は、実はとても奥が深い営みなのですね。

島津清彦「悟無好悪(さとればこおうおなし)」という禅語も、組織の人間関係を円滑にするための手掛かりとなります。これは、「悟った人は、好きや嫌いという感情を手放せる」という意味です。

例えば、仕事で誰かがミスをしたとき、「あの人に任せたから失敗した」「ああいう性格だからミスが起きた」などと、その人の人格まで紐づけて批判する場合がありませんか? 酷いときには、「育ちが悪いから~」といったことをいう人までいますが、こうした好悪の感情にとらわれることが、人間関係を決定的に悪くする態度なのです。

要するに、「ものごとを好き嫌いで考えるな」ということです。特に、ビジネスは課題解決の繰り返しですから、そこに余計な感情を含めていると、正しい解決には至りません。好き嫌いの感情はさておき、ファクトだけを取り上げる冷静さがビジネスでは重要であり、良好な人間関係の構築にも大事であるということです。

——まさに、組織で働く人たちの、ありのままの姿である「多様性」を認めることにもつながる視点だと感じます。

島津清彦:その観点でいくと、禅には、「山是山水是水(やまはこれやま みずはこれみず)」という言葉があります。自然界は、「山は山として本分を担い、水は水として本分を担っている」という意味です。山が海になろうとしても山は山であるし、海が山になろうとしても、やはり海は海として必要です。その違いがあってはじめて、この自然界が成り立っているわけです。

組織だって同様です。AさんにはAさんの、BさんにはBさんのよさや特質がありますが、お互いに憧れることはあったとしても、ありのままの姿でひとつにまとまるから、いい組織やチームになるということです。

釈迦が誕生したときに述べたとされる、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」という有名な言葉も、多様性を表現しています。「この世界にはただ我ひとり尊し」「一人ひとりが尊い、唯一無二の存在である」という意味です。つまり、「一人ひとりが違っていていいのだ」と、釈迦は最初にそう述べたわけです。

確かにいわれてみればあたりまえのことですが、いざ組織やチームに属すると、個人を同質化させる力が働くことがよく起こります。それは高度経済成長期以降、できるだけ早く、できるだけ多くのものをつくる大量生産を目標にした時代には、組織の同質化が有効に機能した事実もありました。

しかし、冒頭で述べたように、いまのような変化が激しく正解がない時代には、性別、年齢、国籍、生来の特性や個性、強みや長所など多様な人が集まるほうが、新しいコンセプトやサービス、プロダクトを創造しやすくなることは間違いありません。そして、多様なアイデアとテクノロジーが結合すれば、イノベーションだって生まれるはずです。

経営目線で見ても、組織の多様性を活かすほうが、社員一人ひとりが自分の持ち味を発揮し、より新しいものやアイデアを生み出してくれます。同時に、組織の生産性も上がり、経営効率も格段に向上していきます。

なにより、一人ひとりが自分の目的を持って、モチベーション高く仕事に取り組んでくれるわけですから、そうした多様性を根底で支える心理的安全性が、「健康経営」にとって非常に重要なファクターであることはいうまでもないでしょう。

島津清彦 しまづ・きよひこ
株式会社シマーズ代表取締役社長/株式会社ZENTech取締役ファウンダー/禅メソッドアカデミー学長/在家得度

1965年、東京都生まれ。人財・組織・経営を熱くする「禅マインドプロデューサー」。 前職スターツグループでは、取締役人事部長として延べ6,000人の採用面接を行い、急成長する組織の制度と風土改革を実行。その後グループ会社2社の経営トップとして、1社をV字回復。1社は過去最高益を達成する。これらの現場体験から得た経営の「実践知」を日本の企業に広く提供すべく、2012年に独立起業。人財・組織開発・経営コンサルティング会社を設立。同年に得度し仏門入りしてからは、企業・教育機関・官公庁などで禅をベースとしたコーチング・研修・講演活動を行っている。

島津清彦
島津清彦 しまづ・きよひこ
株式会社シマーズ代表取締役社長/株式会社ZENTech取締役ファウンダー/禅メソッドアカデミー学長/在家得度

1965年、東京都生まれ。人財・組織・経営を熱くする「禅マインドプロデューサー」。 前職スターツグループでは、取締役人事部長として延べ6,000人の採用面接を行い、急成長する組織の制度と風土改革を実行。その後グループ会社2社の経営トップとして、1社をV字回復。1社は過去最高益を達成する。これらの現場体験から得た経営の「実践知」を日本の企業に広く提供すべく、2012年に独立起業。人財・組織開発・経営コンサルティング会社を設立。同年に得度し仏門入りしてからは、企業・教育機関・官公庁などで禅をベースとしたコーチング・研修・講演活動を行っている。