わたしたちはなぜ働き、生きるのか。元上場企業社長の禅僧が語る人生の本質
自社の使命や、社会的な存在意義をあきらかにして経営する動きが企業全般に広がっている。これは、「なんのためにわたしたちの会社が存在するのか」という指針を共有することが、企業の成長における重要なファクターになっていることを意味するものだ。一方、かつて上場企業の社長を務め、現在は禅を活かした経営・組織開発コンサルティング、リーダーシップ研修、講演などで活躍する島津清彦氏は、ビジネスパーソン(個人)もまた、「なんのために働くのか」という本質的な問いを突き詰めることでより成長し、幸せな人生へ近づいていけると主張する。企業の存在意義、働くことや人生の本質について伺った。
構成/岩川悟 取材・文/辻本圭介 写真/藤巻祐介
企業の存在意義は、「社会課題の解決」のみである
——現在、自社の事業における使命や、社会的な存在意義などをあきらかにしたうえで経営する企業が増えています。島津さんはかつて上場企業の社長として指揮を取り、現在も複数の会社を経営されていますが、いまのこの動きをどう見ていますか?
島津清彦:それにはいろいろな理由がありますが、根底には、激変する地球環境の問題があると考えます。地球温暖化をはじめとする気候変動を見た場合、自然に配慮した企業活動をしなければ、そもそも経済や社会自体が持続不可能になるという共通認識があるためです。
そこで、「わたしたちの会社は地球環境に対して配慮しているのか」「人類のために役に立っているのか」という高い視点で、自社のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を見直さなければならない時期に差し掛かっているということです。
それに付随して、時代の変化が激しいため、正解が見えづらいという事業環境の変化が挙げられます。そのため、過去に作成した理念やミッションなどが、次第に適応できなくなっていることも理由です。
——そもそも自社が「なんのために存在するのか」という、より根本的な疑問を問いかける動きも増えていますね。
島津清彦:あくまでこれは一例ですが、市場環境が激変したことで、以前はフィルムをつくっていた会社が、ナノテクノロジーを活かした化粧品をつくる場合もあります。しかし、企業としてのミッションが「世の中に最高のフィルムを提供する」のままだとしたら、「フィルムが売れないのにどうするの?」「わたしたちはなんのために働いているのか?」と混乱を招くことになるでしょう。
そこでいま一度、企業の存在意義や社会的意義を再定義し、それを表現する、上位概念としての「パーパス」を決めるムーブメントが出現しているわけです。
ぜひとも各企業のパーパスを見てほしいのですが、そこにある特徴は、非常に抽象度が高いことです。単なるモノづくりやモノ売りではなく、「わたしたちの会社はなんのために存在するのか」を再定義しようとすると、どうしても抽象度と視座の高いパーパスが必要とされるためです。
——企業の存在意義について、そもそも禅や仏教ではどのように考えられているのでしょうか?
島津清彦:禅の言葉には、経済の語源として知られる「経世済民(けいせいさいみん)」というものがあります。「経」は縦糸を指し、「経世」とは世の中を縦糸のように真っすぐに調えるという意味です。「済民」は民を救済することであり、つまり経済とは「人々(民)を救済し、よりよい世の中に変えていくこと」を意味するものなのです。
最近は「社会起業」という言葉もありますが、そもそも企業活動というのは「社会課題の解決」――これのみ、だということです。わたしたちは、本来この考えのもとに事業を行うべきであり、そこから外れるからたくさんの問題が起こるのです。
それこそ、自分たちの存在意義や事業の目的をなおざりにして、利益ばかりを追い求めてしまう経営者もたくさんいます。本来、利益というのは手段に過ぎないのですが、利益を得ることを目的化してしまうのです。
もちろん、利益を生み出さなければ、社会課題の解決に向けた事業を持続できませんから、利益はとても重要なものではあります。利益は次なる事業の資金となり、利益が出れば出るほど、社会課題の解決が進むというサイクルです。
しかし、利益や数字のみが目標になってしまうと、本来の目的を見失い、いつか必ずその企業は迷走し始めます。ただし、いまの時代は、自社の事業活動を通じて社会課題の解決にいかに集中するかが生命線でもあるので、ステークホルダーもそこに注目しています。それらを考慮すると、利益だけを目的化しても、結局は生き残れないのが正しい認識といえるでしょう。
個人のパーパスと企業のパーパスとの一致を目指す
——島津さんはかつてより、企業だけでなく、「わたしはなんのために働くのか」という問いを突き詰めた、「個人のパーパス」も欠かせないと主張されています。
島津清彦:その理由のひとつは、「幸せとはなにか?」という抽象度の高い問いを、いま多くの人が考えはじめているタイミングだと見ているからです。「わたしは本当に幸せなのだろうか?」「このまま同じように働いていていいのだろうか?」という根源的な疑問を、時代の流れのなかで、多くのビジネスパーソンが感じているのではないでしょうか。
仮に経済的な成功を果たしたとしても、本当に幸せな状態であるとは限りません。これはなにも主観的な話ではなく、現在は科学的エビデンスに基づく幸福に関する研究も進んでおり、物質的に満たされることと、幸福をイコールと捉えることに疑問符がつけられているからです。
そうした時代には、やはり「なんのために生きるのか?」「なんのために働くのか?」といった、個人のパーパスをあらためて考えることが必要なプロセスになります。また、それが「企業のパーパス」と一致しなければ、結局はストレスや病気による休職、人事のミスマッチなどを理由とする離職へとつながってしまうでしょう。
逆に、個人のパーパスが企業のパーパスと一致していれば、「社会課題の解決のために役立っている」「自分は会社を通じて社会に貢献している」という実感を持って働くことができます。すると、他人や他社を羨ましいと思うことが減っていくのです。なぜなら、「自分はなにを成し遂げたいのか」「どんな人生を送りたいのか」という、生きる目的に集中できている状態だからです。
そうした人は、自分の持ち味が活かせる会社や適職を見つけやすく、充実感ややりがいを持って働くことができるため、幸せへと近づいてくことができます。また、そういった人がたくさんいることで企業内の生産性も高まっていきます。個人のパーパスは、まさに「健康経営」にも直結しているのです。
——企業と同じく、個人のパーパスも利益を追い求める姿勢とは相容れないのでしょうか? お金をたくさん稼ごうとするのは悪いことではないと思いますが、そのあたりについてはどうお考えですか?
島津清彦:同様のことがいえます。例えば、自分の利益だけを追求し続けたらどうなるでしょうか? それを周囲から見越されて、人がどんどん離れていったり、いつしか敵だらけになったりすることは明白です。そのような状況に陥れば、むしろ利益を追求することが難しくなります。お金を目的化すると、結局は幸せを見失ってしまうのです。
一方で、自分のことはさておき、他人ばかりを気にして、他人の利益に尽くしていればどうなるでしょうか? 物心両面で自分だけがどんどん貧しくなり、やがて人を羨んだり妬んだりする状態に陥り、精神的にも追い込まれていくはずです。そうしてまた、肝心の自分の幸せから遠ざかってしまうでしょう。
——ビジネスパーソンが個人のパーパスを考えるために、手掛かりとなる禅の智慧があれば教えてください。
島津清彦:大切なのは、バランスです。禅には「自利利他 二利円満(じりりた にりえんまん)」という言葉があります。「自分のため、相手のため、どちらも大切」という意味であり、「自分のため」と「誰かのため」が調和するのが幸せなあり方だということです。
まさに、個人のパーパスと企業のパーパスの一致にもつながりますが、どちらも大事にするからこそ、健全な人生と事業を持続できるわけです。
仏教には、「中庸(ちゅうよう)」という教えもあります。自分の利益と他人の利益のどちらを優先させるべきかという問題においては、その順番はどちらでもよく、どちらかに偏り過ぎずバランスを取り続けることが重要なのです。これは、近江商人の経営理念である、「三方よし」にも通じるところがあるのではないでしょうか。
もちろん利益だけにとどまらず、常にバランスを取り続けていく姿勢は、自身の健康や幸福、良好な人間関係の持続にもつながっていきます。
自分という機能を余すところなく、ありのままに現す
——最後に、すべてのビジネスパーソンが個人のパーパスを持って生き、「健康経営」の観点でもいい状態に近づくために、具体的にどのような生き方をすればいいのかについて、お聞かせください。
島津清彦:道元禅師が主に執筆した仏教思想書『正法眼蔵』に、「全機現(ぜんきげん)」という概念があります。これは、「すべての機能を、余すことなく現しなさい」という教えであり、「人が持つすべての機能が発現している状態」を表しています。
この状態こそが禅の核心といっても過言ではなく、本来は誰もが無限の可能性を持って生まれているということです。そうであるにもかかわらず、わたしたちの多くは、その力に蓋がされている状態にあるといえるでしょう。
では、どうすれば「全機現」へと近づいていけるのか? 組織や実社会で働くことを念頭に置くと、まず自分が持つ「強み」を探ることがポイントになります。いまは「ストレングスファインダー®」など、診断によって自分の強みを見える化するツールもありますし、すぐできることとしては、まわりの友人や同僚に聞いてみるのがいいでしょう。
わたしもビジネスパーソンの頃は、「わたしの強みはどこだと思いますか?」と、よく周囲の人に聞いて回っていました。そうして客観的に見えてくる強みを常に意識し、少しずつ伸ばすようにしていれば、全機現の状態へと近づいていけるはずです。
ただし、全機現とは、強みが発現するだけの状態ではないことに注意してください。そうではなく、自分のなかにある「多様性」に気づき、強みだけでなく弱みも含めて、すべての機能を余すことなく、ありのままに現している状態という理解です。
——自分のなかにある機能を自分で抑えつけず、できる限り、ありのままの自分を現していけばいいのですね。なかなか難しいことではありますが、誰にだってできることでしょうか?
島津清彦:もちろんできます。ビジネスにおけるモチベーションやキャリアデザインを探るフレームワークである、「Will Can Must」をご存知ですか? Will(やりたいこと)、Can(できること)、Must(すべきこと)を紙に書き出し、3つが重なる部分に着目したり、バランスを考えたりするワークです。全機現への道という意味では、このWilという「自分の意思に沿って行動すること」が鍵になります。
働くなかで、直感的に感じる「本当はこれをやってみたい!」という思いはありませんか? もしそんな直感があるのなら、いまとは違う部署に、思い切って異動を申し出てみるのもいいでしょう。副業という選択肢を考えることも手です。
プライベートでも、「本当にやりたいこと」を優先して行動したり、同じ趣味や価値観を持つ人たちが集まるサードプレイスに参加したりするのもいいですよね。いずれにせよ、やりたいことや好きなことを実際にやってみると、人生は新たな展開を見せ始めます。
——最後はやはり、自分自身が具体的な行動へ移していくことが大事なのですね。
島津清彦:大切なのは、「いま、ここ、自分」の意思です。同じ環境のままでいるのではなく、思い切った行動によってコンフォートゾーンを超えていくとき、シンクロニシティが起きて、全機現の状態に近づきやすくなります。
アメリカの心理学者であるジョン・D・クランボルツの「計画的偶発性理論」によると、キャリアの約8割は偶発的に起こるとされています。つまり、ものごとはいろいろな「縁」がつながって生起しており、そうした仏教の考え方が、科学的な観点からも示されているわけです。
いままでの自分にはなかった領域に飛び込んでみることで「縁」がつながり、幸福感や人生の満足度を底上げしていきます。また、「本当にやりたいこと」に取り組むことが、心の回復にもつながっていきます。組織の観点で見るなら、適材適所によって全体最適につながっていくでしょう。
つまるところ、「健康経営」とは「誰もが楽しく働けている状態」のことをいうのだと思います。人生もキャリアも最後は、「楽しんだもの勝ち」――これに尽きるのではないでしょうか。