女性がリーダーシップを安心して発揮できる時代へ——。「コミュニケーション力」で女性活躍推進をバックアップ
現在、多くの企業がダイバーシティ実現の一環として、女性幹部の登用をはじめとする女性活躍推進に取り組んでいる。しかし、キャリアアップの希望者が少なく、ロールモデルが増えていかない課題があるとも聞く。また、企業側も管理職への登用までは積極的に推進するものの、登用後のバックアップについては明確な手立てがなく、本人の努力に任せるケースが多いのが実情だ。そこで、コミュニケーション戦略研究家であり、次世代リーダーを育成する「世界最高の話し方の学校」を主宰する岡本純子氏に、どのように女性活躍をバックアップしていくべきかアドバイスをお願いした。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/塚原孝顕
女性リーダーを縛る「ダブルバインド」の困難
——いま日本では、上場企業を中心に「女性活躍推進」を掲げ、女性のキャリア形成を促しています。岡本さんは、日本企業の女性活躍推進の現状を、どのように捉えていますか?
岡本純子:日本における女性活躍の現状は、他の先進国のみならず発展途上国に比べても大きく立ち遅れています。その差は、例えば政界の状況によく現れていますよね。
海外では、女性議員比率が30%~50%に達している国が多数あります。そうした土台があるため、有能な女性が国の要職やトップに就くことが珍しくありません。ドイツのアンゲラ・メルケル元首相の強力なリーダーシップは印象に残っていますし、ニュージーランド、デンマーク、フィンランドなどでは、近年30代から40代の若い女性の首相や大統領が誕生しました。また、アメリカ大統領選挙では、2016年にヒラリー・クリントン氏、そして2024年にはカマラ・ハリス氏が出馬し、女性初の大統領として時代の壁を破ろうとしています。
一方、日本の政界も、女性大臣は増加傾向にあり、自民党総裁選にも女性候補者が登場し始めています。しかし、土台となる女性議員比率は低いレベルにあり、多少の進歩は感じるものの、海外との絶望的な格差は感じざるを得ません。
そして日本企業では、女性の社外取締役を見かけることはあっても、叩き上げの女性取締役はまだまだ少ない印象です。
——その改善のために女性活躍推進に取り組んでいるわけですが、多くの企業で「女性管理職の適任者がいない」「管理職になりたい女性が少ない」といった「難しさ」を感じているとも聞きます。日本企業の女性活躍推進を妨げる要因はどこにあると考えますか?
岡本純子:組織の風土ではないでしょうか。アメリカで女性への差別撤廃の動きが進んだ1980年代に、「ガラスの天井」という言葉が登場しました。この言葉は、女性が昇進に十分な素質や実績を持っていても、偏見や差別による見えない障壁で昇進が制限されてしまうことを表しています。
少しずつこの障壁は解消されつつありますが、一方で、「アンコンシャスバイアス」(隠れた思い込み)や「コミュニケーションのジェンダーギャップ」といった「壁」はまだまだ残っています。一部の男性が持つ、「女性は仕事ができない」「女性はリーダーシップが弱い」といった明確な差別意識や偏見もありますが、多くの場合、男性社会をベースにした、女性に対する無意識下の評価の厳しさが障壁となります。
例えば、男性リーダーの場合、「有能」でさえあれば「温かみ」や「好感度」はなくても許される傾向があります。人格者でなくても決断力に優れていれば、それもひとつのリーダー像として受け入れてもらえるのです。
しかし、女性のリーダーが厳しい口調で話し、怒りを見せると、すぐに批判され、「冷たい」「いつも怒っている」「ヒステリック」と解釈されてしまいます。これは、2016年のアメリカ大統領選挙で、ドナルド・トランプ氏がいくら横柄で過激な発言をしてもキャラクターとして容認された一方、ヒラリー氏は「ヒステリック」「アグレッシブ」とバッシングされたことがいい例です。「自己主張をする男性」は許されるのに、「女性」は許されづらいのです。
無意識に、女性は「温かみ」や「優しさ」「抱擁力」を求められるがゆえに、こうした不利な状況が発生します。かといって、「温かみ」や「優しさ」が過ぎれば、今度は男性以上に「(やはり女性は)頼りない」という評価に直結してしまいます。
——つまり、女性リーダーは強過ぎても弱過ぎても評価が下がるということですね。
岡本純子:この女性リーダー特有の許容範囲の狭さは、「ダブルバインド(二重拘束)」と呼ばれています。スタンフォード大学の研究によれば、もっとも成功する女性リーダーは、強いだけの女性でも優しいだけの女性でもなく、「カメレオンタイプ」であるとされています。厳しさと優しさを状況に応じてカメレオンのように使い分けられる女性が、このダブルバインドのなかでバランスを取ることができるからです。
日本企業においても、同様の難しさに直面していることと思います。女性活躍推進によって女性を重要なポストにつけることには積極的でも、こうした女性に理解のない男性社会の風土を残したままでは、その先の活躍に困難が生じて当然です。また、そうした女性リーダーの苦労を目の当たりにし、身近に成功していると思えるロールモデルの女性リーダーもいないため、女性たちはどういったキャリアパスを歩むべきなのか戸惑っています。
加えて、日本社会は世界に冠たる「タテ社会」で、上が下に「命令する」という上意下達カルチャーが根強く、「厳しさ」こそが強さであるといった非常にマッチョな風土の企業も少なくありません。日本企業は、そうした組織の「前時代性」を自覚する必要があります。時代遅れな組織カルチャーが生産性の向上を阻み、女性が活躍しにくい要因になっていることを認識し、組織風土を抜本的に変えていくことが大切です。
共感力に優れる女性リーダーが、イノベーティブな組織を生み出す
——女性が活躍しやすい環境とは、どのようなものだと岡本さんは考えますか?
岡本純子:コミュニケーションを重視する風土において、女性の能力は高く発揮されます。例えばGoogleでは、従業員間のコミュニケーションの質と量を最大化させることを重要な経営課題と考えています。そこで働く従業員もコミュニケーションの重要性を理解し、尊重するコンセンサスが取れているのです。その目的は、イノベーションと組織の活性化です。
一方、日本では「阿吽の呼吸」といって、コミュニケーションを省いた同質的な組織を好みがちです。しかし、現代では従業員の多様性が高まっているのに、旧態依然とした組織風土であるため、組織の一員として「わかっているべきこと」や「理解すべきこと」さえもうまく共有できていないことが多いのです。また、「いわれたことをやれ!」という軍隊式の組織や強権的なリーダーシップのもとでも、新しい発想は潰されてしまい、組織のモチベーションも上がりません。
一人ひとりが持つ新しい発想や気づきをコミュニケーションで共有し、組織や事業を発展させていくことが大切なのです。その点において、共感力に優れる女性リーダーの役割は、これから企業が競争力を高めていくうえで欠かせないものとなります。
——女性のリーダーとしての能力について、詳しくお聞かせください。
岡本純子:リーダーとしての能力で、女性が男性に劣っているとするデータは存在しません。個別の能力に差はあっても、総合的には変わらないといえるでしょう。そのなかで女性に顕著な特性として、コミュニケーション能力の他、相手の感情を読み取って共感する能力に優れる点が挙げられます。その特性により、人との良好な関係性を構築し、自由闊達でイノベーションの生まれる組織を下支えするのですが、一方で、それが女性特有の「コンフィデンスギャップ」を生みかねないのです。
コンフィデンスとは、「自信」のことです。わたしは経営者をはじめとする多くの女性リーダーをコーチングしてきましたが、自信を持てない方が極めて多いことを実感します。優秀な実績を挙げ、その実績がメディアにも取り上げられるなど能力も申し分ないのに、対面で話していると「わたしなんか……」という言葉を多く口にします。逆に、男性の経営者やリーダーから、この言葉を聞くことはほとんどありません。この「自信」と「実力」の差、これが「コンフィデンスギャップ」です。
理由のひとつとして考えられるのは、「女性」としての慎ましさや謙虚さを社会規範のように刷り込まれてきたことがあるでしょう。また、先に述べたダブルバインドのなかで、積極性を出せば「図々しい」と反感を買ってしまう。そのような、場の空気や感情を読み取り、遠慮してしまう人は少なくないように感じます。
こうした有能さと自信が釣り合っていない状態は、女性に多く見られます。その自信のなさが、特に男性の上司から「女性はリーダーシップに欠ける」と断じられてしまう要因といえるかもしれません。
コミュニケーションスキルを磨けば、女性リーダーは輝く
——では、自信を持つことができれば、女性リーダーは伸び伸びと活躍することができるのでしょうか?
岡本純子:間違いなくできます。そして女性に限ったことではありませんが、リーダーが自信を持つために大事なことは「コミュニケーションの正解」を学ぶことなのです。「自信があるから、コミュニケーションが変わる」のではなく、「コミュニケーションを変えれば、自信のある自身に変わる」のです。これは英語では「Fake it till make it」(成功するまで、成功しているフリをしろ)といわれるのですが、つまり自信があるフリをし続けていれば、自信が不思議とついてくるものなのです。
堂々とした振る舞い、話し方の正解を学ぶことで、自信がみなぎる。自分の考えを臆せず、発言できる……。日本にも正統派のコミュニケーション教育を根付かせたいという思いで、わたしは2022年に「世界最高の話し方の学校」を開講し、次世代リーダー養成に向けたコーチングを行っています。女性たちもたくさん参加してくださっており、いい意味での図々しさ、鈍感力を蓄えていく様を頼もしく見守っています。
コミュニケーション能力というのは、ともすれば才能や生得的なものと考え、いまの自分の能力で勝負するしかないと考える人が多いのですが、そんなことはありません。コミュニケーションで人に好感を持たれることも、信頼されることにも、心理学や生物学、行動経済学の観点からあきらかな正解があり、誰でも再現可能なテクニックがあります。
——例えば、どのようなコミュニケーションのテクニックがあるのでしょうか?
岡本純子:例えば、アイコンタクト。これは信頼形成にとって大変重要です。その具体的なルールは、1回につき2秒を前提にして、自分が話すときは50%の時間でアイコンタクトを取り、聞くときには70%でアイコンタクトを取ることです。
また、プレゼンテーションや会議の場では、灯台のサーチライトのように全体を眺めまわすアイコンタクトを取る人が多いのですが、それよりも、一人ひとりに視点を合わせ、アイコンタクトのキャッチボールを意識することで、相手と心が通いやすくなります。こうした具体的で細かいコミュニケーションの最適解を、わたしはリーダー向けに指導しています。
その他、声や身振り手振りなど、コミュニケーションは様々な要素によって成り立ちます。女性の場合、せっかく高い能力を持っているのに、甲高い発声によってヒステリックな印象を与えていたり、語尾を上げる癖が媚びた印象となっていたりするなど、気づかぬクセを直していくことも大切でしょう。
こうした話し方だけではなく、話す内容ももちろん重要ですが、そこにも科学的に実証された「正解」が存在します。「話し方」と「言葉」の両面からのアプローチが大切です。もちろん、そうした真のコミュニケーション力を自分のものにするには、実践経験を重ねる必要がありますが、わずか数時間のレッスンでも、「正解がわかった」「うまくいかない原因がわかった」と不安が薄れ、自信が湧いてくるものです。本来はリーダーに選抜されるような優秀な人材なのですから、自信さえつけば高いパフォーマンスを発揮することは間違いなくできます。
——女性リーダーにそうした「コミュニケーションの武器」を渡してあげることが、女性活躍推進における女性リーダーのサポートになりそうですね。
岡本純子:そう思います。一方で、先に述べたように、男性リーダーにとってもコミュニケーション能力は欠かせません。自分が先頭に立とうとする「教官型」「強権型」のリーダーシップから、他者の気持ちに寄り添える「共感型」のリーダーシップが、求められるようになっています。そうした地殻変動に気づき、まずは、コミュニケーションから変えていくことが大切だと考えています。