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INTERVIEWインタビュー

食事の意識改革で睡眠は大きく変わる。栄養士が教える、良質な睡眠と高い生産性を手に入れる方法

笠井奈津子かさい・なつこ
カラダプラスマネジメント株式会社代表取締役/健康経営アドバイザー/栄養士/(一財)生涯学習開発財団 認定コーチ/アクティブスリープ指導士/生活リズムアドバイザー/幼児食インストラクター

厚生労働省や民間企業の調査による睡眠に関する統計データを見ると、働く全年代で一貫して日本人は睡眠不足であり、40代〜50代の男女でいっそう顕著であると伝えている。経済協力開発機構(OECD)の調査でも、先進国のなかで日本は睡眠時間がもっとも少ないとされ、もはや睡眠不足は国民病ともいえるだろう。睡眠不足が心身のパフォーマンスを低下させ、様々な疾病リスクを高める以上、企業は健康経営の実践において対応を欠くことができないテーマとなっている。そこで、健康経営アドバイザーであり、栄養士の観点からビジネスパーソンの睡眠改善にも取り組む笠井奈津子氏に、個人・企業の両面から、取り組むべき対策についてアドバイスをもらった。

構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人

「睡眠不足の解消」は企業の経営課題である

——笠井さんは栄養士・健康経営アドバイザーとして、数々の企業で健康管理に関するセミナーや指導をされていますが、実際にビジネスパーソンの睡眠不足を実感されていますか?

笠井奈津子:企業でのお仕事では、従業員のみなさんの食事を中心とした生活改善の相談も行っているため、一人ひとりとじっくりお話をする機会が多いのですが、実際に睡眠不足に陥っている方は多いと感じます。

ただし、「眠りたくてもまったく寝つくことができない」といったわかりやすい不眠症状ではなく、実態はもっと曖昧なものです。「夜中に何度か目が覚める」「起床した際に、いまいち疲れが取れた感じがしない」といった、「すぐに病院に行こう」とはあまり思わないような悩みなのですが、だからといって軽視はできません。

また、想像してもらうとわかると思うのですが、わざわざ栄養士のもとに相談に来てくれる方というのは、2つのタイプに分かれます。まずは、「会社から相談をしてみるようすすめられた人」です。これは周囲も心配しているし、自分でもメンタル面の異常や不眠の悪影響を自覚して不安を感じているケースであり、なんらかの症状が顕在化しています。もうひとつは、「健康意識の高い人」。症状が出る前に企業が提供するサービスを積極的に活用するなど、病気を予防する意識が高いケースです。

ここで問題なのは……健康意識があまり高くなく、グレーゾーンの方は、なかなか相談に来てくれないことです。「セミナーを受けてほしい、コンサルを受けてほしい人ほど、行ってくれない」のは、人事・総務のよくある悩みではないでしょうか。ですから、わたしから見えている以上に、ビジネスパーソンの睡眠不足は深刻である可能性があります。

——笠井さんは睡眠不足の悪影響をどのように考えていますか?

笠井奈津子:うつ症状や、メタボなどの生活習慣病に直結することはいうまでもありませんが、わたし個人の実感では「睡眠で人格は変わる」とさえ思っていて、QOLを低下させる重大な原因になると考えます。

エビデンスのある話でいえば、睡眠不足だとストレスに対して過敏になり、過度にイライラしたり、悲観的に受け取って落ち込んでしまったりするなど、感受性や素行・態度に悪影響を与えることがわかっています。

それが常態化していれば、会社だけでなく、友人関係も含めた人間関係に支障をきたすことは明白です。誰だって、気持ちよくつきあえない人とは距離を置きたいものですよね? 本来の人間的魅力が睡眠不足によって失われ、人間関係に影響をきたせば、孤独感や後悔がさらなるストレスを生み、悪循環に陥ってしまうでしょう。

さらに、これは従業員個人だけの問題ではなく、会社にとっても重要な経営課題になり得るものです。いらぬ波風を立てる人がチームにひとりいるだけで、連携から生まれるチームの生産性も、従業員満足度も低下しかねませんし、マネージャーの負担だって大きくなってしまいます。「それも含めてマネージャーの手腕だ」といって現場に丸投げにするのではなく、会社として従業員の睡眠不足の解消にアプローチしていくことが大切だと思うのです。

わたしの友人の精神科医の先生もおっしゃっていたのですが、「睡眠の改善はセルフケアとしてコスパがいい」のです。睡眠不足はパフォーマンスの低下や心身の疾患に大きく直結するぶん、改善すれば従業員の健康への効果が高いということです。

残業や接待・会食など、深夜労働が「睡眠の質」を下げる

——笠井さんがカウンセリングを行うなかで耳にする睡眠不足の原因には、どのようなケースが多いでしょうか?

笠井奈津子:睡眠不足には様々なケースがありますが、「睡眠の途中で起きてしまう」「寝ても疲れが抜けない」といった現象は「睡眠の質」が低い、つまり「眠りが浅い」ことで起こります。睡眠不足を訴える人の話を聞くと、眠りにつく直前まで仕事をしていたり、食事やお酒を口にしていたりする方が多く、こうした生活習慣で眠りは浅いものになってしまいます。

深い眠りを得るには、自律神経における副交感神経を優位にしてリラックスすることが欠かせません。しかし、眠る直前まで仕事をしていれば、頭を活性化させるために自律神経は心身をアクティブにする交感神経を優位に働かせてしまうのです。

また、眠る前のお酒も心身を活性化してしまいますし、眠る前に食事をしてしまうと睡眠中に体を休息させようとしているのに、消化器官では食べたものを消化しなければならず、ちぐはぐになってしまいます。

睡眠を質の高いものに改善するためには、早い時間に食事やお酒を済ませ、夜は眠りに向けてリラックスした時間を過ごし、心身を興奮させないことが不可欠です。

——しかし、残業を減らすことが困難だったり、接待や会食を外せない仕事であったりすると、自分では改善が難しいケースもあります。その場合、どのようなアドバイスが可能でしょう。

笠井奈津子:会社がその人の仕事量や内容を調整してくれればいいのですが、人材不足からそれが困難であったり、なにより本人が「評価が下がる」ことに不安を感じてしまったりするケースもあると思います。みなさん、「頑張り屋さん」なんですよね。

実際にわたしが行うカウンセリングでも、深夜近くまで残業が必要な業務量や、接待などの会食について「仕事の現状を変えられない」ということを前提で、それをフォローできる改善提案を行うケースはよくあります。人それぞれに効果的な対策は異なるので、試行錯誤が必要なのです。

例えば、仕事量や残業に関しては、可能なら「思い切って仕事を手放し、7時間以上寝てもらう」体験をしてもらいます。それで日中のパフォーマンスが高まり、「残業を切り上げて寝たほうが、あきらかに効率がいい」という結論に至ったケースもありました。良質な睡眠が、生産性を上げることを示唆するわかりやすい例だと思います。

あるいは、パソコン画面のブルーライトが視覚を通じて脳を覚醒させてしまうので、残業時間の後半はパソコンを閉じてできる作業を割りあてると、睡眠の妨害を軽減することができます。企画書なども紙の上で構想し、朝起きてからPCに打ち込むといった方法です。

ブルーライトの悪影響は想像以上に大きいものです。眠る前にスマートフォンを見ている方は、それをやめるだけで睡眠の質が高まり、目覚めがすっきりする可能性がありますので、ぜひ試してください。

また、遅い時間に会食がある方や、深夜残業後の食事が習慣になっている方は、本来であれば、寝る前の3時間前には食事を済ませる習慣に変えてほしいのですが、仕事の関係で現実的でない方もいるでしょう。そこで、残業前や会食前に軽食を食べておき、そのぶん遅い時間の食事量を減らすなど、わずかなことでも睡眠の妨害をなくす努力が大切です。そうやって意識づけをすることで、接待時の酒量も抑える努力ができると思います。

もちろん、こういった対策の効果には個人差があります。いろいろ試したうえで「朝すっきりした感覚が得られた」なら、改善効果があったとみていいでしょう。

食生活が睡眠に与える影響を知り、情報発信することが大切

——生活習慣を原因とする不眠についてお話しいただきましたが、食事内容や摂取する栄養が睡眠に影響するケースもありますか?

笠井奈津子:はい、原因が特定できない睡眠の悩みを抱えている方は、1日3食の食事を見直すといいかもしれません。良質な睡眠を得るには、メラトニンという睡眠ホルモンが必要なのですが、その材料になるのは、トリプトファンという必須アミノ酸で、それは食事からしか摂ることができません。よって、それらの摂取もポイントになります。

トリプトファンが多く含まれるのは、豆腐や納豆などの大豆製品、チーズやヨーグルトなどの乳製品、マグロやカツオなどの赤身の魚などですが、朝は食べない、昼はパンや麺類、夜はお酒が中心であまり食べないといった食生活をしていたら、どうしても不足してしまいますよね。「食べると眠くなる」といって日中の食が細い方も多いのですが、それでは結果的に仕事のパフォーマンスを落とすことにもなりかねません。

だからといって、仕事が終わってからがっつり食べるのは、睡眠の質を下げる原因になります。ですから、「朝は、おにぎりをひとつでも食べるようにする」「昼食の麺類には卵をトッピングする」というように、少しずつ1日3食の栄養バランスや量を整えていくことを意識してほしいと思います。しっかりと栄養が摂取できていれば、睡眠の質は間違いなく高まるはずです。

——企業側から、従業員の食生活について働きかけられることや、注意するべきことはありますか?

笠井奈津子:食生活が、睡眠をはじめ思わぬところで弊害を生んでいることを、まず「知る」ことが大切だと思います。睡眠トラブルを抱えると、まず「原因はストレスかな」と思ってしまいがちですが、そのときに思い当たるストレス源の多くは、すぐには解決できないことがほとんどですよね。そんなとき、「食事も睡眠に影響を与える」ということを知っていれば、「まずは食生活から改善してみよう」と考えられます。つまり、課題解決のための選択肢が広がるというわけです。

食に関する正しい知識を得ることが、意識を変えるきっかけになりますから、情報発信やセミナーの開催などは、その点で効果的だと感じます。

それから、お菓子やパンの販売機などをオフィスに置いている会社も多いのですが、それで食事を済ませてしまうと、栄養バランスが乱れてしまいます。残業する従業員の食事をサポートするのであれば、おにぎりなどの軽食を用意する、または福利厚生として食事補助を出すなどのサポートをしたほうが健康的ではないでしょうか。

近頃では、コンビニのお弁当や惣菜でも、たんぱく質を中心に栄養バランスを考えた商品が増えてきました。「バランスよく食べましょう」と呼びかけるだけでなく、人事・総務のスタッフで近隣のコンビニや飲食店をリサーチして、食事モデルを提案するような取り組みもおもしろいかもしれませんね。

笠井奈津子かさい・なつこ
カラダプラスマネジメント株式会社代表取締役/健康経営アドバイザー/栄養士/(一財)生涯学習開発財団 認定コーチ/アクティブスリープ指導士/生活リズムアドバイザー/幼児食インストラクター

1979年、東京都生まれ。聖心女子大学文学部哲学科卒業後、香川栄養専門学校(現・香川調理製菓専門学校)を経て栄養士になったのち、都内心療内科クリニック併設の研究所で食事カウンセリングに携わる。起業家養成学校のビジネスプランコンテストで優勝したことを機に、フリーランスに転身。以降、食の大切さを伝えるための様々な活動をはじめる。 企業研修では、数百人単位の参加者でも事前に食事記録をチェックし、労働環境にも配慮。コンビニエンスストアにおける食べ物の選択法など、机上の空論だけにならないアドバイスを大事にしている。

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笠井奈津子
笠井奈津子かさい・なつこ
カラダプラスマネジメント株式会社代表取締役/健康経営アドバイザー/栄養士/(一財)生涯学習開発財団 認定コーチ/アクティブスリープ指導士/生活リズムアドバイザー/幼児食インストラクター

1979年、東京都生まれ。聖心女子大学文学部哲学科卒業後、香川栄養専門学校(現・香川調理製菓専門学校)を経て栄養士になったのち、都内心療内科クリニック併設の研究所で食事カウンセリングに携わる。起業家養成学校のビジネスプランコンテストで優勝したことを機に、フリーランスに転身。以降、食の大切さを伝えるための様々な活動をはじめる。 企業研修では、数百人単位の参加者でも事前に食事記録をチェックし、労働環境にも配慮。コンビニエンスストアにおける食べ物の選択法など、机上の空論だけにならないアドバイスを大事にしている。

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