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うつ病を2回経験した経営者が実践する、「ワーク・ライフ・ハーモニー」な働き方

越川慎司こしかわ・しんじ
株式会社クロスリバー代表取締役CEO/元日本マイクロソフト業務執行役員

「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は、過剰労働を抑制し、プライベートの重要性に目を向けさせる社会的なキーワードであったことは間違いない。一方で、「仕事」と「人生」を対立軸で捉えるがために、「プライベートを重視して仕事を妥協するメンタリティにつながる可能性もある」と語るのは、約800社の「働き方改革」をコンサルティングする越川慎司氏だ。越川氏が提唱する「ワーク・ライフ・ハーモニー」に基づく、企業の健康経営と「働き方改革」について解説をお願いした。

構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人

人生と仕事、双方の充実を図る「ワーク・ライフ・ハーモニー」

——越川さんは「ワーク・ライフ・バランス」とは異なる、「ワーク・ライフ・ハーモニー」を提唱されています。異なるキーワードを打ち出すに至った、「ワーク・ライフ・バランス」への疑問についてお聞かせください。

越川慎司:ご存知のように、「ワーク・ライフ・バランス」という考え方は、労働とプライベートのバランスの調和を目指した考え方です。ひとことでいえば、「働き過ぎはよくない」というメッセージと私は感じます。

過重労働で心身の健康を害してしまう従業員を減らし、また育児や介護に忙しい従業員が継続的に働ける環境を整備するうえで、仕事量のバランスを見直すことにはわたしも賛成です。

また、「ワーク・ライフ・バランス」は人生の充実を実現するキーワードでもありますよね。1日中ずっと会社にいて仕事をするのではなく、余暇の時間をつくり、趣味の充実や仲間との会話、家族の時間など、プライベートの喜びも大切にする意味でも、この言葉は用いられます。

——特に共働きがあたりまえになった現代では、「夫が家事や育児を放棄して、仕事ばかりしていたら家庭が成り立たない」という危機感もあったように感じます。

越川慎司:それはわたしも共感します。ジェンダーバイアスなく、家事も育児も介護も男女平等であるべきですからね。ただ、「ワーク(仕事)」と「ライフ(人生・生活)」を対立軸で捉えることに違和感がありました。そして実際に「ワーク・ライフ・バランス」を語る人のなかには、「仕事はほどほどにして、人生を大切にしよう!」という人もいて、そこに疑問を持ったのです。

つまり、「仕事は人生の一部であり、仕事も人生も充実する生き方を考えるべきではないか?」ということです。そもそも、労働時間を削れば人生が充実するわけではありません。仕事を通じて達成感を得たり、感謝や評価をもらったり、収入を得て満足な生活と将来への備えをしたりすることは、人生を充実させる重要な要素です。

そこで、「労働時間を削減すればいい」という考え方ではなく、「限られた時間のなかでも仕事を充実させられるよう、人生との調和を図る」という意味で「ワーク・ライフ・ハーモニー」という考え方をおすすめしています。

「ワーク・ライフ・ハーモニー」の具体例

——「ワーク・ライフ・ハーモニー」の考え方を企業に落とし込むとすれば、どのような方針となるのでしょう。

越川慎司:わたしの会社がコンサルティングを行う810社、17.3万人の従業員への調査では、20代・30代の従業員に「残業削減を目的とした『働き方改革』に賛成ですか?」と聞いたところ、43%が「反対」と答えました。若手社員たちには成長意欲、あるいは成長への焦りがあり、単純に労働時間を短縮されるような「働き方改革」では成長機会を失う不安から、抵抗を感じているのです。これは、「ワーク・ライフ・バランス」の考え方とは対立した意見でしょう。

そうはいっても、法律で月40時間に残業は制限されており、それを超えて残業を許容しようというわけではありません。先にも述べたように、長時間残業や休日返上の働き方では、勤務を継続できない人もいるのだから当然です。育児や介護をする従業員や、自身も病気や不調を抱えている人もいます。

「ワーク・ライフ・ハーモニー」の考え方では、まず限られた勤務時間のなかで効率的に生産性の高い仕事をしてもらうことがポイントです。また、価値観やライフスタイルも異なる従業員に対し、仕事以外の時間を尊重しながら、いかに「働きがい」のある働き方をサポートできるかが焦点となります。

——具体的な制度に落とし込むと、どのようなものになりますか? もし、事例があれば教えてください。

越川慎司:事例を挙げると、パナソニックグループのBtoBソリューションを担うパナソニックコネクト株式会社は、従業員の「ワーク・ライフ・ハーモニー」を支援する制度や方針を実現している企業だと思います。

例えば、キャリアパスの流動性が高く、社内公募制度や社内復業制度(所属部門に籍を置きながら社内の別部署の業務を経験する)があるほか、キャリア形成を目的とした副業の容認、社外交流やベンチャー企業への出向など、自分の可能性を広げる機会を設けています。

休暇においても、有給休暇では管理職の取得状況が評価に直結するなど、休みやすい風土の醸成に力を入れています。さらに、目的に応じた特別休暇や、夏季休暇以外に各種の連続休暇を規定しているのです。

このような制度設計から見えることは、会社が従業員の働き方やキャリア、成長を規定するのではなく、従業員が自分軸でキャリアと働き方を設計し、自分ならではの「ワーク・ライフ・ハーモニー」の実現を模索できることです。

——キャリアパスを自分で広げていける環境は、得られる学びも大きく、人生の充実感につながりそうですね。

越川慎司:自分軸のキャリア設計を支援する企業は、着実に増えています。従来型の企業主導のキャリアプランでは、「Will(やりたいこと)・Can(できること)・Must(やるべきこと)」で考えるフレームワークがよく採用されますが、いまの時代性を考えると、わたしは「Will」をあとまわしにする考え方があってもいいと思うのです。

この環境変化の激しい時代に、「3年後に自分がなにをしているか」なんて想像もつきません。また、人生の岐路がいつ来るかは誰も想像できず、偶然の出会いによってキャリア志向が大きく変わっても不思議ではないでしょう。

やりたいこと(Will)がいまはなくても、できること(Can)を伸ばし、やるべきこと(Must)を一生懸命に取り組み、いつかWillが見つかったときに挑戦を支援してもらえる。そうした制度であれば、自分軸のキャリアを支援してくれる企業として、従業員や求職者の支持を得られるのではないでしょうか。

実際に、先に述べたパナソニックコネクトでは、働き方の制度改革の実施後、従業員満足度調査での働きがいの指数が改善し、離職率の低減や求人数の向上にもつながったと聞きます。

限られた時間のなかで、業務の最大化を図る

——越川さんが代表を務める株式会社クロスリバーでも、週休3日・週30時間勤務をルール化しているそうですね。これも「ワーク・ライフ・ハーモニー」の考え方に基づく制度なのでしょうか。

越川慎司:「More with Less=より少ない時間でより大きな成果を出す」という働き方の行動実験としてはじめたのですが、すでに7年以上継続しています。勤務時間を制限すると業績が落ちてしまうことが懸念されますが、逆に制限することで仕事の質を高めることにつながっています。集中して仕事に取り組めますし、つねに効率の悪い仕事の仕方を改善し、受注案件も精査する意識が働いているのです。

わたしが考える「ワーク・ライフ・ハーモニー」の実現においては、限られた時間のなかで仕事の質を高めることが重要なポイントとなります。週4日勤務で様々なチャレンジをする時間を与えても、仕事量や質も1日分下がってしまうのでは、企業にとって出来高の損失となります。また、様々な制度を用意しても、忙しくて自分のキャリアやチャレンジを考える余裕がないのでは、意味がありません。

会議を60分ではなく45分にする、資料作成では進捗20%で一度チェックする「フィードフォワード」を取り入れて作業を効率化するなど、組織のなかで様々な効率化の行動実験を行ってほしいと思います。これは大事な考え方なのですが、業務効率化は従業員が努力して達成するような「挑戦」ではありません。ただ、行動習慣を変えるルールを設定すれば、自然と効率的になっていくものです。だから、「行動実験」という表現をしています。

時間の使い方が変わる小さな行動実験を取り入れていくことで時間が生み出され、「ワーク・ライフ・ハーモニー」は実現しやすくなります。

——最後に、「ワーク・ライフ・ハーモニー」の実現において、注意するべきことはあるでしょうか。

越川慎司:人生の充実において、その基盤となる一番大切なものは「健康」です。企業がどんなに従業員の仕事と人生の充実を支援しようと、それで従業員が心身の健康を崩してしまったら意味がありません。

わたし自身、これまでの人生で過重労働によって2回もうつ病を患いました。一度目は新卒で入った通信会社に勤めていた29歳のときに、二度目はIT企業で本部長を務めていた39歳のときです。ただし、「仕事をやらされていた」のではなく、純粋に仕事が大好きで寝る時間も食べる時間も「もったいない」と思って仕事に没頭し、残業時間は月300時間を超えていました。いまでは考えられませんが、そういう働き方ができる時代でもあったのです。

ところがある朝、起きることができず、靴の履き方さえ突然わからなくなってしまいました。慌てて医師の診察を受け、毎日7時間以上の睡眠を2週間続けたところ、幸いにして回復しました。

——当時の越川さんにとって、人生の充実は「仕事」であり、それを追求した結果、健康をおろそかにしてしまったのですね。

越川慎司:そうです。わたしの場合は仕事でしたが、社会活動や趣味、あるいは育児や介護によって睡眠不足に陥り、心身の健康を害することもあるでしょう。わたしが一社目でうつ病になったとき、同じく働き過ぎて精神疾患に陥った同期は、20年以上が経ったいまも回復していません。メンタルを崩すことで、数十年の人生やキャリアを棒に振ることもあるのです。ですから、わたしの会社では「6時間以上の睡眠」も従業員のルールとしています。

「働き方改革」であれ、「健康経営」であれ、その理想を追求しながらも、最優先事項は「従業員の健康を守ること」です。どのような制度を展開するにしても、従業員への目配り気配りを欠かさず、取り組みを推進していってほしいと思います。

越川慎司 こしかわ・しんじ
株式会社クロスリバー代表取締役CEO/元日本マイクロソフト業務執行役員

1996年にNTTに入社、外資企業やベンチャーを経て、2005年にマイクロソフト米国本社に入社。のちに業務執行役員としてPowerPointやExcel、Microsoft Teamsなどの事業責任者。働き過ぎて2度鬱病になった経験を元にして、2017 年に株式会社クロスリバーを設立し、全メンバー週休3日、7時間睡眠を6年以上実践。これまで800 社以上(従業員数は延べ17万人以上)の働き方改革を支援。「働きがい改革」、「"忙しい”から解放するタイムマネジメント」や「社内会議ダイエット」、「効率と効果を高める資料作成術」、などのオンライン講座を年間400件以上提供する。

越川慎司
越川慎司 こしかわ・しんじ
株式会社クロスリバー代表取締役CEO/元日本マイクロソフト業務執行役員

1996年にNTTに入社、外資企業やベンチャーを経て、2005年にマイクロソフト米国本社に入社。のちに業務執行役員としてPowerPointやExcel、Microsoft Teamsなどの事業責任者。働き過ぎて2度鬱病になった経験を元にして、2017 年に株式会社クロスリバーを設立し、全メンバー週休3日、7時間睡眠を6年以上実践。これまで800 社以上(従業員数は延べ17万人以上)の働き方改革を支援。「働きがい改革」、「"忙しい”から解放するタイムマネジメント」や「社内会議ダイエット」、「効率と効果を高める資料作成術」、などのオンライン講座を年間400件以上提供する。