Ally(アライ)認定への取り組みだけでは見えない、LGBTQ+を取り囲む社会課題
DEI推進の一環として、LGBTQ+についての講習を行うほか、「Ally(アライ:LGBTQ+を理解し、支援する人の意)」を増やす取り組みを行う企業も増えている。企業の多様性理解においてスタンダードな取り組みではあるが、LGBTQ+当事者からはどのように感じるだろうか。ドラァグクイーンとして活躍し、自身もゲイを公表するドリアン・ロロブリジーダ氏に、LGBTQ+の方々にまつわる社会課題と、企業のLGBTQ+理解の取り組みについて率直な意見を語ってもらった。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
当事者が抱く、企業のLGBTQ+理解推進の取り組み
——いま企業では、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)の一環として、LGBTQ+への理解を深める講習を行い、職場内のLGBTQ+の従業員に対する偏見をなくそうとする取り組みが行われていますね。この取り組みの意義についてどう感じていますか?
ドリアン・ロロブリジーダ:もちろん、LGBTQ+の方々がどのようなセクシュアリティやジェンダーであり、社会や企業のなかでどのような不都合を感じているのかを知ることは、とても意義のあることだと思います。
最近では、セクハラやパワハラと同様に、LGBTQ+の方々のセクシュアリティやジェンダーに対する揶揄や嫌がらせ、アウティング(同意を得ずセクシュアリティを暴露する行為)、あるいは不当な扱いなどのハラスメントを指す「SOGI(ソジ)ハラ」という言葉もあります。「SOGI(ソジ)」とは、Sexual Orientation(性的指向)、Gender Identity(性自認)の頭文字を取った言葉です。10年、20年前に比べれば、差別的な状況は大きく改善されましたが、残念ながらこうしたハラスメントはいまも存在します。
人間は「わからない存在」を警戒し、排除しようとするものですから、まず「知ること」がSOGIハラなどの差別や偏見の防止につながると考えます。
——また、LGBTQ+の理解を目的とした講習を受けた人を「Ally(アライ:LGBTQ+を理解し、支援する人の意)」に認定するという取り組みもあります。こうした企業活動は、LGBTQ+の方々の働きやすさにつながっていると感じますか?
ドリアン・ロロブリジーダ:学んでいただくことは歓迎すべきことですし、支援者・理解者であろうとすることは善意であることは間違いありません。しかし、認定制度にしてしまうことで、座学の「その先」への理解に及ぶのかという、少し引っ掛かる気持ちがあるのは事実です。
働くLGBTQ+の方々が望むことの多くは「特別扱い」ではなく、ただ能力や人格以外の事由で評価やキャリア形成における不利が生じたり、居心地の悪さを感じたりしないで済むことだと思います。その不遇や不利益の感じ方は人それぞれで、一人ひとりと対話しなければ本当のことはわかりません。果たして、「LGBTQ+」をひと括りにして学ぶだけで、個々の実情や思いを汲み取れるものでしょうか。
また、「理解」というのは簡単にできるものではないですよね。例えば、女性の生理の苦しみについて、男性が「知って配慮する」ことには歓迎できても、「苦しみを理解した」といわれたら、「なにがわかるというの?」とモヤっとするのではないでしょうか。それは、LGBTQ+の方々の気持ちも同様だと思います。

ゲイであるわたしも、LGBTQ+についてお話をする際、言葉を間違えてしまうことはあります。「余計なことをいったな……」と反省して、改善しての繰り返しです。同様に、みなさんのLGBTQ+の方々に対する接し方も、きっと座学で学んで完結できるものではないと思うのです。当事者との関わりやコミュニケーションを通じて、「個」として相手を知ることで初めて理解に近づくものではないでしょうか。
企業の側も、従業員にLGBTQ+の知識を広めて終わりではなく、継続的に理解を深め、具体的な問題解決に取り組み続けることが望まれます。
LGBTQ+を取り巻く現状
——少し具体的な質問になりますが、LGBTQ+の方々が抱えている問題というのは、例えばどのようなものなのでしょうか?
ドリアン・ロロブリジーダ:その問題については、「LGBTQ+」という言葉自体の功罪両面を考えなければいけないと思っています。この言葉は、性的マイノリティが身近に存在することを知らしめた点では大きな功績があるといえます。しかし、性的マイノリティを「LGBTQ+」でひと括りにしてしまったことで、個別の問題が見えづらくなってしまっているのもまた事実です。
——LGBTQ+のなかでも、問題の性質が異なるということでしょうか?
ドリアン・ロロブリジーダ:そうです。例えばわたしは、親しみを込めて「ゲイのオネエさんたち」と呼んでいますが、メディアの世界では多くのトランスジェンダー女性やゲイの方々がタレントとして認知され、賑やかに活躍して社会的発言力も持っています。しかし、レズビアンやトランスジェンダー男性のタレントはほとんどフィーチャーされません。これは、日本社会における男女の不平等・不公平がそのまま表れた現象だとわたしは捉えています。
——女性に対する「女性らしさ」の押しつけが、企業での女性活躍の妨げになることは一般に知られています。LGBTQ+においても、女性の異質性にはより厳しい目が向けられ得るということですね。
ドリアン・ロロブリジーダ:メディアの世界だけでなく、一般社会においてもゲイカップル以上にレズビアンカップルは、生きづらさを抱えている面が確実にあります。また、男女間の不平等にはそもそも収入格差がありますが、男性同士のゲイカップルと、女性同士のレズビアンカップルでも収入格差が生じることは明白ですよね。
これはわたしの肌感ですが、レズビアンの方々のほうが同性婚の法制化を求める傾向にあります。それに比べれば、ゲイの方々は「同性婚は、別にいいかな」という意見を持つ人も多いのです。その背景には、レズビアンカップルの経済的な苦しさがあると見ています。こうしたことは、「LGBTQ+」でひとまとめにされてしまうと、気づかれにくい問題でしょう。

LGBTQ+といっても、Gay(ゲイ)、Lesbian(レズビアン)、Bisexual(バイセクシュアル)、Transgender(トランスジェンダー)、Queer/Questioning(クィア/クエスチョニング)という6種類のセクシュアリティに括られるわけではありません。身体的性(体の性別)、性自認(性の認識)、性的指向(どんな性を好きになるか)、性表現(見た目や言動の性)という4つの要素が組み合わさり、多様なセクシュアリティの方々が存在しています。それぞれに、異なる社会的問題や繊細な心情的課題を抱えているのです。
そういうと、地雷を踏むのを恐れられてしまったり、腫れ物に感じたりしてしまうかもしれませんが、先にも述べた通り、多くのLGBTQ+の方々が求めていることは不利益の改善であり、特別扱いではないのです。LGBTQ+の人だから過敏に反応するわけではありませんし、多くの人が、「もうちょっと、どうにかならないかな」と思いながら、ことを荒立てないよう多少のSOGIハラはうまく受け流し、ときにストレスを感じて過ごしているのです。
企業が配慮できることもあれば、できないこともあるでしょう。例えば、先のレズビアンカップルの経済的不安に対し、企業が直接アプローチすることは困難ですよね。しかし、女性活躍推進や待遇改善の取り組みが、実は彼女たちのメリットにもなるのではないでしょうか。
LGBTQ+にまつわる諸問題に、まだ解決できていないことは多々あります。企業の人材に関する制度や枠組みのなかで、単に男女だけでなく、LGBTQ+の可能性を想像して取り組んでいただけることを願います。
トイレ・更衣室にまつわるトランスジェンダーの課題
——LGBTQ+の方々への配慮のあり方について、答えがないからこそ、想像力を働かせて考えていくことの必要がわかりました。最後に、具体的なLGBTQ+の方々にまつわる問題として、「トイレ」や「更衣室」などの身体的性に沿った設備について、見解を聞かせてください。
ドリアン・ロロブリジーダ:この問題については、企業のみなさんの前で講演をすると必ず質問を受けるのですが、まだ現時点では確立した解決策は出ていません。
トランスジェンダーが男女どちらの施設を使用できるか、特にトイレについては当事者にとって日常的にある困難な課題です。たとえ、企業の社長が理解ある人で「あなたは心が女性なのだから、女性トイレを使っていいですよ」といったとしても、女性トイレに入った瞬間に他の人にギョッとされるのでは、心情的に使い難いわけです。
ですから、多くの場合、見た目から生じる周囲の反応を配慮して、見た目に合わせて使用したり、男女共用の多目的トイレがあれば使用したりするなど、状況判断が求められてきました。
しかし、2023年に「LGBT理解増進法」が可決されてから、「トランスジェンダーの女性(身体的性は男性)が女性トイレを使えるようになると、トランスジェンダーのふりをする性犯罪が起こるのではないか」という不安が一気に紛糾しました。
そして実際に2024年、トランスジェンダーを自称する男性が、女性用の入浴施設に入ろうとして逮捕された事件が起こりましたよね。この一連の問題は、実際のLGBTQ+の方々に対する誹謗中傷やデマにつながりかねない、かなりセンシティブな問題なのです。
——2024年11月には、経済産業省が、性同一性障害と診断されて女性として勤務しているトランスジェンダーの職員に対し、「すべての女性用トイレの使用を認めた」という報道もありましたね。
ドリアン・ロロブリジーダ:そうなのですが……だからといって、心理的な問題から民間企業も足並みそろえて同様の施策を行う流れになるかは疑問です。この問題は、今後も紛糾していくと予想されます。
わたしはLGBTQ+を代表する立場ではないので、あくまでも個人的な意見を述べるだけですが、トランスジェンダーの方が会社のトイレや更衣室について、性自認(心の性別)とは逆の性別の設備を不本意に使わざるを得ないとき、そのことを周囲が「わかっていてくれる」だけでも救われるものがあると思うのです。

「女性のトイレや更衣室を使えないのは、あたりまえでしょ。あなたは男性なんだから!」といわれれば傷つきますが、「そうだよね、不本意だよね」とわかってもらえるのなら、少し心は慰められ、少しは我慢ができるようになるのではないでしょうか。
トイレや更衣室の問題は本当に難しく、全員が心から納得をする解決策はまだ見つからないかもしれません。当事者も決して一枚岩ではなく、環境や主張のさまざまな違いを内包しながら、少しずつでも現状をより良いものにしていきたいと考えていると思います。
Ally(アライ)の教育においては、そうした視点も含めて、ぜひご理解いただきたいと思います。