ショービジネスの世界に生きるドリアン・ロロブリジーダさんと考える、ウェルビーイングな生き方
従業員のウェルビーイングを実現するために、企業側が実際にできることは多くはない。よりよい働く環境を整え、健康管理に配慮することはできても、従業員の人生観やマインドにまでアプローチすることは困難だからだ。しかし、様々な立場や境遇にある人の考え方を聞き、マインドを変えるきっかけは提供できるだろう。そこで、ドラァグクイーンとしてイベント出演、モデル、CM出演、歌手、役者とマルチに活躍するドリアン・ロロブリジーダ氏と、「人生の幸せの見つけ方」について考えていく。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
自分の現在地を「幸せだ」と思えれば、それでいい
——単刀直入に伺いますが、ドリアンさんは「幸せ」のあり方について考えることはありますか?
ドリアン・ロロブリジーダ:こういう仕事をしていると、わたしが幸せそうに見えるのか、あるいは超越した答えを期待するのか……「幸せ」について問われることはとても多いですね(笑)。おかげさまで幸せについて考える機会は多く、わたし自身も「幸せでありたい」という気持ちはつねに持ち合わせています。
幸福論といえるものではありませんが、わたしは基本的な考え方として、「なにかが叶えば幸せになれる」のではなく、いかにいまを「幸せ」と思うかが大切だと思っています。「幸せ」を感じるために必要なことは、これまでの自分の選択や生き方を肯定し、感謝の気持ちを忘れないこと。簡単にいえば、それだけだと思うのです。
例えば、わたしはいま30代後半ですが、周囲を見渡しても仕事と人生に悩む同世代は多い印象です。ただこれは考え方次第ではありませんか? 仕事に打ち込んで、プライベートで楽しんだ記憶のない30代だったとしても、その10年を「わたしはさみしい人間だ」と後悔して否定してしまえば、それはもう不幸です。でも、「スキルを磨いてきたんだ」「これだけのことを成し遂げたんだ」と、職業人としての自信に変えられるなら、少なくとも不幸ではないはずです。
逆に、30代を振り返って「遊んでばかりだった。仕事をちゃんとやればよかった」とキャリア形成で後悔する人もいるわけですから、どう生きたって捉え方次第で幸福にも不幸にもなるのです。
いま、SNSを開けば、「自分に足りない幸せ」を持っている人がいくらでも見えてしまいますよね? 仕事、家族、友人、趣味、それこそ全方位的に、です。でも、「なにかが足りないから不幸だ」という発想は、不幸にしかならないんです。無理やりにでも、思い込みでもいいから、「自分の人生を肯定し、そこに導いてくれた環境に感謝の気持ちを持つこと」が大切ではないでしょうか。
——いまの自分を肯定するにも、きっかけや意識変容が必要かもしれませんね。
ドリアン・ロロブリジーダ:生き方を肯定できない原因は、いろいろありますよね。例えば、「自分の考えが足りなかった」「もっとやれることがあった」と後悔しているとか、「運が悪かった」「状況に恵まれなかった」「あの人がこれをすすめたから」と他者責任にしている場合がそうでしょう。
でも、自分の生き方は、様々な人のアドバイスや影響、抗い難い流れがあったとしても、結局は自分で選択したものです。いずれにせよ、現在の自分は「自分で選択した結果だ」と受け止める自責思考が大事なのだと思います。どんなに「if」を妄想しても過去は変えられないのだから、受け入れるしかありません。

そのうえで、自責といっても「自分に非がある」とネガティブに考えるのではなく、「これはこれで、幸せなのかもしれない」という考え方に切り替えていくのです。そうして、過去へのネガティブな気持ちを切り離したら、「これからはどうしたら、もっと幸せを感じられるか」を考えてみてはどうでしょうか。
——ドリアンさんは、そうやって幸せを感じているのですか?
ドリアン・ロロブリジーダ:わたしは、いつもやかましく大声で笑うから「幸せそう」だと思われているのですが(笑)、実際、いつも幸せです。ステージでお客様の笑顔を見るのも幸せですし、家に帰って彼と過ごす時間も幸せです。
それが「あなたは恵まれているから幸せなんだ」といわれれば、そうかもしれません。でも、でも自分も年を重ねてきて、「外を散歩したら、天気がよかった」ということだけでも、幸せを感じられるようになってきました。それは、「ありがたいなぁ。幸せだなぁ。」と意識的に思うようにしているからです。
幸せの基準は、低ければ低いほど人生は幸福に満ちていくと思います。逆に、幸せの条件設定をするほど、足りないものを感じて幸せから遠ざかってしまうのではないでしょうか。ですから、今日はお友だちとおしゃべりして楽しかったら幸せ、会話はイマイチでもご飯は美味しかったから幸せ、しんどいことの多かった一日でも、そのぶんお風呂が気持ちよかったから幸せ……。
そう考えたら、人生はいくらでも幸せに溢れているはずなんです。他人から見たら「コップの半分程度の幸せ」かもしれないけれど、それを「半分しかない」と思うか、「半分もある」と思うか次第ですよね。
孤独が生み出す不幸感への対処
——国連が出している「世界幸福度ランキング」において、日本は先進国のなかで最低クラスの幸福度にあり、その理由のひとつは「孤独感」だとされています。職場にいても孤独を感じてしまう人や、仕事を抜きにすると人とのつながりを感じられない不安を抱く人もいますよね。こうした「孤独」による不幸感は、深刻な社会問題にもなっています。
ドリアン・ロロブリジーダ:特に、仕事に邁進してきた男性ほど、孤独になりがちですよね。女性はプライベートの話題も交えて人間関係を構築するのが上手ですが、男性は仕事中心でしかつながりを持てない人が多い印象があります。
仕事のなかでのコミュニケーションが業務連絡だけの関係だと、人間的なつながりを感じにくいかもしれません。職場であれ、プライベートであれ、自分をもっと表現して多くの人に知ってもらうことが大切なのだろうと思います。
——その点、ショービジネスが仕事であるドリアンさんは、ステージで自分を表現し、それが認められているわけですから、それが幸福感につながっている面もあるのでしょうか。
ドリアン・ロロブリジーダ:実際のところ、ドラァグクイーンとしてのステージは、「自分を解放している」「さらけだしている」という感覚ではないですね。営業職の方が商談でプレゼンをするとき、自己表現をしているわけではないのと同じだと捉えています。
ただ、自分が「これが素敵だ」と考えて行うステージ表現やパフォーマンスは、いわばわたしが生み出した商品と例えることができます。それを誰かに喜んでもらえて、評価されることによって「ドラァグクイーンの誰か」ではなく「ドリアン・ロロブリジーダ」という個の存在を認めてもらえて、求めてもらえることには、このうえない喜びがあります。

わたしもゲイの方々がたくさんいる新宿2丁目やLGBTQ+のイベントなど、いわば自身に理解ある場所でばかりパフォーマンスをするわけではなく、郊外のショッピングセンターのイベントなどにも参加します。すると、ドラァグクイーンという存在を知らないお客様からすれば、わたしなんて最初はただの「女装したデカい人」なんです(笑)。それが、30分ないしは1時間程度のステージングを通じて笑顔になっていただけるよう努めることで、最後は「ドリアン・ロロブリジーダ」と認識されて拍手をいただけます。
ただそれは、「自分は精一杯やった」だけでは自己満足になってしまうし、評価してもらえないことをお客様のせいにするわけにもいきません。やはり、マーケティングとしてお客様の視点に立って、喜んでいただけるよう考えて努力する必要があります。
それはどんな仕事でも同じだと思います。 「自分は頑張った」ではなくて、コツコツと信頼を稼いで期待に応えたり、一発勝負のプレゼンでも、そのための準備と努力を重ねたりすることでお客様が喜んでくだされば、「誰か」じゃなくて「あなただから」といわれる仕事になるのでしょう。
——「個」として認知され認められることが、仕事における幸福感につながっているのかもしれませんね。
ドリアン・ロロブリジーダ:みなさんのいまの仕事も、そういうものになれば素敵ですよね。ただ、それは簡単なことではないし、そうすることが難しい仕事や環境もあるのかもしれません。
もしそうなら、ボランティアなど外の活動で「感謝される場」をつくることもいいのではないかと思います。あるいは、趣味の習い事でもいいし、同じ業界のコミュニティでもいいので、人と関わって利他的な行動をしてみることです。要するに、自己肯定感を高めるためのサードプレイスをつくるということですね。人間関係やチームワーク、プレゼンスも孤独感を和らげると思いますが、利他行為によって「感謝される」ことが、なにより自分の存在承認につながるのではないでしょうか。
「自分を許してあげる」ことで、他者に寛容になれる
——確かに、「仕事に完全に飽きている」「仕事がストレスでしかない」という人には、サードプレイスが重要かもしれません。
ドリアン・ロロブリジーダ:そうですね。わたしも会社員だった頃は、それなりにストレスも抱えていました。でも、自分なりのご機嫌取りと、幸せ探しはずっとしていました。ストレスを溜め込んでしまうと、どうしてもメンタルが崩れて「お風呂に入れば幸せ」なんて考える余裕もなくなってしまいます。だから、ご機嫌取りのルーティンを決めていたのです。わたしの場合であれば、大声で歌ってストレスを吹き飛ばします。
あとは、日々の仕事はしんどくても、「この瞬間は楽しい」「これは気持ちがいい」と思うことを意識的に探していましたね。資料をつくるときのショートカットキーを使いこなすのが気持ちよかったり、エンターキーを「タンッ」といい音で鳴らすと快感だったり、そういう「快」を集めると、意外とストレスに対抗できるものですよ。

——ドリアンさんの幸せに関するお話を伺っていると、「幸せを感じるためのトレーニング」が大切なのかもしれないと思えてきました。
ドリアン・ロロブリジーダ:それはあるかもしれません。幸せは、つねに胸先三寸のところにあるので、それに気づくための感度を守ることは大切です。また、先に「幸せのハードルは低いほどいい」といいましたが、そのためには、自分の存在を高いものにしないこと、つまり、「自分のダメさを許してあげる」ことも大事ではないでしょうか。
自分のありのままを許し肯定できる人は、それだけ他人にも寛容になれると思います。自分自身に余裕があれば、他人のダメな部分にも「わかるよ」と共感できるじゃないですか。周囲の人から好かれるのも、そういう寛容な人ですよね。ありのままの自分を受け入れてくれるから、心理的安全性が高いと感じてもらえるのではないでしょうか。
人それぞれ、時代背景や親の教えから自分に厳しい人もいるし、あるいは管理職になったときから「部下の手前、自分を律さないといけない」と考えてきた人もいるでしょう。でも、それで幸福を感じられないのなら、捨ててしまうべきです。
いっそのこと、わたしたちみたいに「一度、女装してみたらいい」と思っています(笑)。とはいえ……それができれば、みんな苦労しませんよね。でも、それくらい過去の自分を捨てて意識を変えてみたら、意外とすぐに身の回りにある小さな幸せに気づけるかもしれません。