ハラスメント予防と、エンゲージメント向上に向けた「社内コミュニケーションスキル」の考え方
コンプライアンス意識の向上にともない、各企業でハラスメントに対する考え方も厳格化している。その結果、うかつな言動がハラスメントに該当し、キャリアを棒に振るベテラン従業員やマネジメント層があとを立たない。また、ハラスメントを恐れるあまり「若手となにを話していいかわからない」と嘆く従業員もいる。こうした時代において社内コミュニケーションを活性化させるためには、どのようなマインドを持つべきだろうか。企業での「ハラスメント防止」研修も手がける、人材教育コンサルタントの人見玲子氏の見解を紹介する。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
ハラスメントの原因はコミュニケーション不足にある
——近年、パワハラやセクハラに代表される、職場でのハラスメント件数は増加傾向にあるといわれます。しかし、なかには悪気のない言動がハラスメントに該当するケースもあるようです。こうした時代に、社内コミュニケーションを見直す必要性について、人見さんはどう考えますか?
人見玲子:仕事柄、研修先の企業などでハラスメント事案の報告書などを見る機会があるのですが、その中には「大ごとになる前に当事者同士で話し合えなかったのだろうか」と思うようなものが数多くあります。「そんな意味で伝えたわけではなかった」という行為者側の証言もよく出てくるのですが、流れを見る限りなかには「確かに悪意なく失言してしまったのだろう」と推測されるものも存在します。
この背景にあるのは、相互理解の問題です。行為者は、被害者の人となりを理解していればセンシティブな失言も、過剰な叱り方も避けられたかもしれません。一方、被害者も行為者を理解できるだけの関係性があれば、失言や暴言に対して「疲れて余裕がなかったのかな」「機嫌が悪かったのかもしれない」と事情を汲んだり、「その言い方はないですよ」と当人同士で訂正・謝罪を求めて解決したりすることができたかもしれません。
しかし、相互理解も関係性も希薄であると、「発した言葉」だけがひとり歩きして被害者を傷つけ、ハラスメントとなる可能性が高まります。人事・総務、あるいは弁護士を巻き込む事態になってから話し合いの場を設けても、そこから信頼関係を回復することは難しいでしょう。すると、互いに理解し合うことなく、「発した言葉の事実」だけでハラスメント事案となってしまいます。
ですから、失言や誤った叱責などは起こってしまうことを前提として、問題が小さいうちに解決できる社内環境・組織風土をつくることがポイントになります。そのために必要なことは、日々の社内コミュニケーションの質と量を高めることに尽きます。
——特に、マネジメント層がハラスメント行為者になるケースは多いですよね。マネジメント層のコミュニケーション不足が大きな要因といえますか?
人見玲子:とりわけプレイングマネージャーの場合、部下の管理をしつつ自分も成果を出さなければならず、部下との密なコミュニケーションを取る余裕がないことは多いでしょう。自分では「上司としての責務を果たし成果への努力もしているのだから、部下からの信頼も得ている」と思い込んでしまいがちなのですが、実際はそうでないことがあります。
例えば、毎朝の挨拶や、部下の行動に対する「ありがとう」の感謝。また、しっかりと相手の目を見て話すような、尊重の意思を示す行動をないがしろにしていないでしょうか。そうした日々の小さなコミュニケーションの積み重ねが、好意を形成し信頼関係をつくるのです。逆にそれらをないがしろにしていると関係性は徐々に冷えていき、価値観や本音に触れるような話をすることも難しくなっていきます。
そうして関係性が冷え切った状態、なおかつ上司への不満を抱いているような状態で失言や叱責があると、「パワハラ」や「セクハラ」のようなハラスメント事案に発展してしまいやすいのだと見ています。
——上司からすれば、それなりに信頼関係があると思っていた部下との「本当の関係性」にショックを受けることもありそうですね。社内でこうしたハラスメントの事案が起こると、マネジメント層は萎縮してしまい、コミュニケーションを控えてしまう傾向にあると聞きます。
人見玲子:「ハラスメントが怖くて若手と話しづらい」「あまり突っ込んだ話をしないようにしている」という声は、マネジメント層やベテラン層からもたくさん聞かれます。ただコミュニケーション不足は、ハラスメント防止の観点でも逆効果となってしまいますし、なにより人間関係やコミュニケーションが円滑でなくなると、事業の生産性や職場の居心地、つまり従業員のエンゲージメントにも悪影響をきたします。
いまのベテラン層が若かった頃の上司というのは、挨拶も返さず、部下への感謝が足りないことも珍しくなかったため、自分自身にそういうところがあっても気にかけない傾向があります。しかし、もうそういう時代ではないことを理解すべきなのです。「部下に媚びる」わけではなく、人として当然のマナーや心遣いをもって部下に接していく必要があるでしょう。
ハラスメント対策のために、被害者が匿名で通報できる窓口を設けている会社も増えてきました。ただ、行為者として通報された従業員の事情や弁明は考慮されず、ハラスメント認定されてしまうケースもよく見聞きします。ハラスメント認定された側からすると、理不尽だと感じるでしょう。そのような現状を踏まえると、企業としては、「ハラスメントを罰する」対策だけではなく、根本的な解決策として社内コミュニケーションについて学び直す機会を提供することも大切ではないでしょうか。
ハラスメント防止に社内研修が必要とされる理由
——人見さんは社内コミュニケーションの研修を行うだけでなく、まさに「ハラスメント防止」をテーマとした研修も行っていますよね。パワハラであれ、セクハラであれ、ハラスメントにあたる行為や言動そのものを防ぐためにはどうしたらいいと考えますか?
人見玲子:まずは、「なにがハラスメントにあたるのか」を正しく理解することです。わたしが行う「ハラスメント防止」の研修を受講してくださる従業員の多くは、話を聞くと、ハラスメントについてeラーニングや簡単な講習を受けたことがあるようなのですが、正確な理解度は低い傾向にあります。つまり、ハラスメントについて表面的に学んだだけでは腹落ちしていないということです。
わたしの研修では、具体的な叱り方や褒め方の事例を見て、ハラスメントにあたる部分を探すワークを行うのですが、ケーススタディを積み重ねてようやく理解してくれることが多いと感じます。ハラスメントに対する理解を深めるには、継続的に学習機会を設けることが必要でしょう。
ただし、ケーススタディにも限界があります。パワハラであればある程度明快なNG例を出すことができるのですが、セクハラは極めて主観的で判断が難しいからです。
例えば、「今日、おしゃれだね」と仲のいい人からいわれたら、「ありがとうございます!」と返すだけの普通の日常会話です。しかし、同じ言葉でも関係性の薄い人からいわれたら「容姿に性的魅力を感じたことの表明では?」などと疑われ、セクハラとして捉えられかねません。つまり、言葉のうえでは「ハラスメント」か否かの明確な線引きが難しいのです。
そのセクハラを100パーセント防止するには、「容姿に触れる発言は絶対にNG」とすればいいのですが、そのような「これをいったらNG」を増やしていくハラスメント防止のあり方では、もはや会話すらままならなくなります。また、NGルールを増やす方法では、不快感ではなく正義感で「あなたの発言はルール違反だ」といってハラスメント認定するケースを増やし、不毛な状況を生み出しかねません。
——ハラスメント撲滅を目指すより、従業員のエンゲージメントを高める社内コミュニケーションの改善・活性化が、結果としてハラスメントを生み出さない組織づくりになるということですね。
人見玲子:そう思います。決して深く仲良くなる必要はないので、まずは自分の部下だけでなくオフィスの周囲の人に対しても日常的に挨拶をし、感謝の意を伝え、努力している人や功績をあげた人には賞賛やねぎらいの言葉をかけましょう。そして、調子が悪そうな人がいたら心配のひとことをかけるような、限りなくマナーに近い小さなコミュニケーションからはじめることをおすすめします。
そうはいっても、本当に重要性を実感しないと行動を変えられないことも講師の立場から理解しています。そこで、わたしの社内コミュニケーション研修では、「実体感するワーク」を重視しています。例えば、グループで傾聴を実践し「自分の話を聞いてもらえる喜び」を体感したり、互いの「いいところ」を探して褒め合い、「褒められる喜び」の重要性を理解したりすることで、行動変容に繋げてもらうのです。
また、次のステップとして、叱り方のコツやアンガーマネジメントなどマネジメント層向けの内容を指導する他、若手従業員向けにも「建設的な断り方」なども伝え、ワークをしてもらいます。コミュニケーションの課題は必ずしもマネジメント層だけにあるわけではなく、上司と部下の双方がコミュニケーションをブラッシュアップし、歩み寄っていくことが大切です。
若手を「理解できないこと」を恐れる必要はない
——マネジメント層、ベテラン層が若手従業員とのコミュニケーションを控えてしまう理由としては、ハラスメントへの恐れだけでなく、そもそも「若い人たちの考え方がわからない」ということもありますよね。
人見玲子:毎年のように新人研修を行っているわたし自身も、いわゆる「Z世代」といわれる若年層のみなさんとお話していて、「それってどういうこと?」と思うような感覚の違いは確かに感じます。例えば、「褒められるのは嬉しいけれど、みんなの前で褒められたくない」という考え方には、わたしも驚いてしまいました。
——マネジメントの本などでも、部下の承認欲求を満たすために「褒めるときは、みんなの前で褒めよう」と書かれていることは多いですからね。
人見玲子:その「Z世代」の人たちがいうには、みんなの前で褒められると反応に困るのだそうです。素直に喜ぶと「調子に乗っている」と思われかねないし、リアクションが薄いのも「ノリが悪い」と思われそう……など、周囲との関係性に対して繊細な人が多いようです。「自分だけ“いい子”にならないようにする」といった、集団のなかで浮かないように配慮するメンタリティを感じます。
——そう聞くと、あまり建設的ではない印象を受けますね。
人見玲子:そうでもないのです。一方で、その世代のグループディスカッションを見ていると、まわりの気持ちを配慮し、自我をコントロールすることが上手でした。相手の意見を否定せず、きちんと受け止めながら自分の意見も伝えていく協調性にあふれています。かつては、なにか自我を出して爪痕を残そうとしたり、相手の意見を否定する人もそれなりにいたように思いますが、これらは世代ごとの特性なのだと思わざるを得ません。
別のケースでは、表彰などの際によく、「ぜひ最年少主任を目指していただきたい」といった激励をすることがありますよね。それは「みんな出世を目指している」という前提に立った言葉なのですが、出世を望まない人も多い若い世代にとっては、価値観の合わない激励に困惑するようなのです。
——まさに価値観の多様化ですね。ただ、こうした違いに完璧に配慮することは難しいように感じます。
人見玲子:「特別な配慮」をする必要はないと思っています。「自分とは異なる価値観がある」ことを理解したうえで、例えば、まずは自分の価値観で伝えてみて相手の反応がいまいちだったら、「あ、この人はそういう考え方ではないのだな」と理解し、次回からは違うアプローチをするといった、個別対応をしていけばいいだけではないでしょうか。
それは決して特別なことではなく、わたしたち世代の多くの人は、それぞれの上司の価値観や考え方を意識して、コミュニケーションを個別対応で考えてきたと思います。それは、同僚に対しても同じ意識を持っていたことでしょう。ですから、部下に対しても同様に、個々の価値観や考え方を理解するようにし、コミュニケーションを考えていけばいいのです。シンプルにそう考えることができれば、特段、難しいことではありませんよね。
「Z世代」の特性だって、あくまで「傾向」に過ぎず、実際のところはかなりの個人差があります。当然ながら、キャリア志向で名誉欲が強く、みんなの前で賞賛されることに喜びを感じる若手もいます。また、いまは横並びで突出したがらない人、出世意欲がない人も、仕事のキャリアを積むなかで変化していき、上の世代と変わらない価値観を持つこともあるでしょう。
誰だって十把一絡げに扱われれば気を悪くしますし、自分を「個」として理解してくれる人に対しては好感を持つものです。まずは挨拶、感謝、声かけのような小さなコミュニケーションを大切にして、上司・同僚・部下それぞれを「個」で理解し、それぞれを尊重するコミュニケーションを重ねていきましょう。それが、あらゆる世代、層の従業員のエンゲージメントを高め、ハラスメントが起こりにくい職場づくりにつながります。