お金に踊らされない人生を歩んでいく――。お金のプロが考える、幸福につながる「お金との向き合い方」
株式投資による資産形成を促す「新NISA」制度が開始され、また企業では、副業の容認や復業を前提とした週3日勤務などの制度も広がっている。こうした状況は、いわば「働き方」だけでなく、「稼ぎ方」の変化と捉えることもできるだろう。実際に、本業以外でも積極的にお金を稼ぎ、より豊かな生活の実現に向けてモチベーションを高め、実行している人は少なくない。しかし、「自分の価値観が明確でなければ、お金が幸福を実現する『手段』ではなく『目的』にすり替わり、お金に踊らされてしまう」と経済アナリストの森永康平氏は警鐘を鳴らす。お金にまつわる幸福のあり方について、同氏にアドバイスをお願いした。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
お金を稼ぐのは人生の選択肢を広げること。稼ぐことを目的にしない
——森永さんは経済アナリストとしてメディアで活躍され、経営者でもあります。また、投資によって資産形成もされているかと思います。いわばお金のプロであり、お金に関することでお金を稼いでいるわけですが、森永さんにとって「お金は、なんのために稼ぐもの」ですか?
森永康平:経済アナリストとしてではなく、あくまでも個人としての思いですが、わたしは「人生における選択肢を増やす」ことを目的にお金を稼いでいます。
毎月収入を得ても、それが生活費だけですべてなくなってしまうと、人生の選択肢は大きく狭まってしまいますよね? 時間ができても自由に遊べず、旅行先で羽を伸ばしたくても常に制限がかかり、住む場所だって満足いくものではなくなるでしょう。結婚や子育てにおいても同様に、お金の有無で選択肢の数は確実に変わります。
つまり、人生において選択肢を広げることが、「お金」の立ち位置であり、お金を稼ぐことは、幸福を実現するための「手段」だということです。もっというと、お金そのものが幸福につながるのではなく、お金を稼ぐことで広がった選択肢からなにを選び取るかが、その人の幸福につながっていくのでしょう。
わたしがなぜ「お金は手段だ」と強く戒めているかといえば、実際に巨額のお金を手にした資産家たちのなかには、あまり幸せを感じていない人が多いからです。彼ら彼女らは、幸福になるための多くの選択肢を得ているはずなのに、知らず知らずのうちに「お金を稼ぐこと」自体を目的としてしまい、幸福のあり方に迷ってしまうのです。
——本来あった、「お金を稼ぐ目的」を見失ってしまうということでしょうか?
森永康平:そうだと思います。わたしは仕事柄、自己資産が何億、何十億とあるような、いわゆる富裕層と呼ばれる人たちとのつきあいもあるのですが、彼ら彼女らでさえ、必ずしも精神的に満たされているとは限りません。数十億円、数百億円と資産を持っていても、資産家のコミュニティに加わってしまえば、上には上がいます。あるいは、資産では優っていても社会的な名声で敵わない人がいるなどして、どこまでいっても承認欲求が満たされることはありません。
「自分にとっての幸せはなにか?」「人生でなにを目的としたいのか?」ということが明確でない限り、大富豪であっても他人と比較することでしか自分の幸福を確認できなくなってしまうということです。
ましてや、なんらかのビジネスがうまくいくなどして、数千万円、数億円をいきなり稼いだような人のなかには、値段の高いブランド品を所持して競い合ったり、SNSで自分がいくら稼いでいるかを誇示したりするなど、定量的なことでしか自分の欲求を満たせなくなってしまう人もたくさん存在します。
お金を持つことで人生の選択肢が広がっても、自分の価値観や目的が曖昧だと迷走してしまうわけです。
——これから株式投資や副業でお金を増やそうと思っている人には気の早い話かもしれませんが、本業の収入以上に「お金を稼ごう」と思うのなら、そもそも「なんのために稼ぐのか」を明確にすることが大切ですね。
森永康平:気が早いということはまったくなくて、むしろ、それがモチベーションの起点であるべきなのでしょう。実現したいことが明確であれば、目標金額を算出することができます。その実現したいことに必要なだけのお金を稼ぐことができれば、あとは自分や家族の幸福のためにお金を使うことにエネルギーを注げばいいはずですからね。
お金には、いわば“魔力”のようなものがあります。目的がなければお金に魅惑され、「お金を稼ぐこと」が目的となり、稼ぐことだけにすべてのエネルギーを費やしてしまうのです。そうならないよう、「家族と自分にとっての豊かな選択に困らないだけのお金があれば、それ以上は必要ない」とわたし自身も心に刻みつけているのです。
「稼ぐため」だけの副業では疲弊してしまう
——本業以外で副収入を得ようとするなら、投資や副業が主な手段となります。副業については、無理な働き方をすれば本業に支障をきたすだけでなく、健康への悪影響をきたしかねません。自分自身の幸福を考えた場合、どのような副業のあり方が望ましいと考えますか?
森永康平:わたしたちは機械ではなく人間である以上、心身にはリソースの限界があります。休日のアルバイトや、いわゆる「スキマバイト」などの働き方は、手っ取り早く働けて時間の都合もつきやすいのですが、よほど体力に自信がないと肉体的にも精神的にも疲れ切ってしまうことは目に見えています。
本来、休日という概念は心身のリフレッシュのためにあるものですから、それを潰して本業のパフォーマンスに支障をきたせば、仕事も副業もどちらもうまくいかず、ストレスを抱えることにもなります。それらのことを踏まえ、休日バイトや「スキマバイト」をわたしは望ましい副業とは思いません。
それよりも、自分にとって「好きなこと、幸福を感じること」を副業とするほうが、より幸福につながる働き方ではないでしょうか?
例えば、わたしの友人に釣りの愛好家がいるのですが、彼は仕事がどれだけ忙しくても隙間をぬって釣りに行ってしまいます。さらに、好きが高じてルアーを手づくりしているのですが、そのルアーで釣った魚をSNSで公開していたら、「ルアーを売ってほしい」という問合せが増えたのだそうです。いま彼は、本業で働きながら自作のルアーを販売して副収入を得ていますが、趣味の延長なので苦にはならないといいます。
そのように、「自分が楽しめることを他者に提供する」ことが、現代では仕事として成立します。SNSで集客でき、個人が必要な人にサービスやノウハウを提供したり、商品をつくって売ったりできるプラットフォームも充実していますから、「趣味をマネタイズする」ことはアイデア次第で十分に可能ですし、ウェルビーイングな副業になり得ると思います。
——自分の好きなことや趣味が見つからない人はどうですか?
森永康平:自分の将来の目標や本業でのキャリアアップにつながる副業をするのがいいと思います。ただ稼ぐための副業では、心身ともに疲弊してしまいますから、自分にとってのメリットをプラスオンすることが大切です。
——話は変わるのですが、副業であれ、投資であれ「お金を稼ぐ」という行為に一生懸命になればなるほど、それを肯定的に捉える人がいる一方で、「あさましい」かのような印象を抱く人もいますよね。「お金を稼ぐ」ことにまつわる周囲の人たちが抱く印象、または、そこにある人間関係についてはどう考えますか?
森永康平:先に述べた、「楽しみながら稼ぐ」ことが、人間関係においてもいい影響をもたらすと思うのです。投資であれ副業であれ、ピュアな気持ちで楽しみながら一生懸命に頑張っているなら、周囲も好意的に捉えて興味を持ち、応援やサポートをしてくれるものです。つまり、「楽しさ」や「充実感」に共鳴してくれるのです。
しかし、「お金を稼ぎたい」「いま、いくらまで稼げている」といったように、日頃からお金中心の価値観が垣間見える言葉や態度を表していると、周囲の人たちは怪訝に思い、はっきりと忌避感を覚える人も現れるでしょう。むしろ、「お金の稼ぎ方」について興味津々な人たちが共感して集まるようになってしまいます。「とにかくお金が欲しい人」のように見られてしまうと、情報商材やネットワーキングビジネスなど、怪しいお金稼ぎのネタを持って近づいてくる人もいるので注意が必要です。
——関心に沿って人間関係が変わることは悪いことばかりではありませんが、これまでの人間関係が不本意なかたちで変わってしまうとしたら、考える必要がありそうですね。
森永康平:周囲の反応が否定的に感じるのであれば、言葉の表現を見直してみるといいと思います。株式投資の話をするにしても「いくら稼げる」という話ではなく、「老後の安心を得る準備」や「こういう目標を叶えたい」といった、お金の先にある目的をベースに会話をしたほうが共感を得やすいでしょう。
稼ぎたい意欲を逆手に取る「投資詐欺」に注意
——積極的にお金を稼ごうとするばかりに、詐欺に騙されてしまうケースも起こります。そこで最後に、近年増加している「SNS型投資詐欺」について伺います。森永さん自身もYouTubeで撲滅運動を展開するなど積極的に問題解決に動いていますが、その実態についてお聞かせください。
森永康平:SNS型投資詐欺は、有名投資家やタレントの画像を無断使用してSNSで投資の勧誘を行う詐欺なのですが、残念ながら、わたしや父(森永卓郎氏)の写真もよく悪用されています。その結果、SNSを通じて「信じていたのに騙された!」「お金を返してくれ!」という声がわたしの元にも届くのです。
そこで、ただ注意喚起をするだけではなく、潜入調査を実施しました。こちらから敢えて詐欺に引っかかったふりをして手口を把握し、わたしのYouTubeチャンネル「森永康平のリアル経済学」で情報配信をして視聴者のケーススタディとしてもらったのです。また、その体験を事例化し、様々な企業や団体が主催する講演・セミナーなどで登壇する際に役立てています。
——SNS型投資詐欺の被害件数が多い原因は、どこにあると思いますか?
森永康平:ひとつは、デジタルテクノロジーを活用した巧妙さにあります。SNS型投資詐欺では、SNSを窓口にLINEグループに誘導されます。ここに100人以上のメンバーがいて、投資について語り合っているので、その時点では本物に思えるのですが、メンバーはほとんどがサクラです。
そこに、AIによって合成された有名投資家やタレントのメッセージ動画が流れ、本人(実際には偽者)との個別のチャットなどもできてしまいます。そうやって信じ込んでしまい、推奨された投資商品を購入してしまうわけです。
また、営業担当者とのリアルでの商談に持ち込まれるケースもあるのですが、これにもわたしは正体がばれないよう偽名で対面し、録音した会話をYouTubeで公開しています。営業担当者は一見すると普通の営業マンであり、あらゆる疑問に対応できるよう営業トークが洗練されていると感じました。確かな知識があれば、そのすべてがデタラメだと見抜けるのですが、そうでないと丸め込まれてしまう可能性は高いと思います。
——騙されてしまう人は投資初心者が多いのでしょうか?
森永康平:そうではなく、逆にある程度のキャリアを踏んだ人が引っ掛かりやすい傾向にあります。悪くいえば、「中途半端に知識を持っている人」です。詐欺師たちの紹介する投資商品のメリットを、ある程度理解できるから騙されてしまうわけです。
さらに、「正常性バイアス」という心理も働きます。人は異常事態に直面すると、ストレスを回避する防衛反応によって「これくらいは正常の範囲だ」と思い込もうとするのです。そのため、薄々「怪しいのではないか?」と気づいても、「これは本物だ」と信じようとします。実際に詐欺被害に遭った多くの人が、SNS型投資詐欺の存在を知っていたのに騙され、「今回だけは本物だと思った」と口にするのですが、こうした心理が働いているわけです。
お金を稼ぐことに一生懸命で、努力している人ほど、詐欺師たちの語る「あなたには見込みがある」とか「さすがですね」といった甘い言葉が心に響いてしまいますし、「自分ならこのチャンスを活かせる!」とポジティブに捉えてしまいます。
お金を稼ぐことは生きるうえで大切なことですが、あくまで幸福になるための「手段」です。それが、まるで「目的」であるかのように「稼ぐこと」にのめり込んでしまうと、危険な場所に飛び込んでしまいかねません。そうした落とし穴があることを頭の片隅に置き、いつも冷静であってほしいと思います。