経済を自分事化せよ。「経済を読み解く力」がビジネスパーソンの仕事の価値を高める
バブル崩壊以来の「失われた30年」を経て、2022年には物価上昇率がようやくプラスに転じ、2024年には日経平均株価が過去最高を記録した。また、日本銀行はマイナス金利からの脱却を図るために金融政策を転換するなど、まさに日本経済は大きな転換点にある。変化の激しい時代を正確に捉えてビジネスに活かしていくには経済の知識が欠かせないが、苦手意識が強い人も多いだろう。そこで、人気経済アナリストであり、企業向けの経済学講座も多数行っている森永康平氏に、ビジネスパーソンが経済知識を身につけることの具体的なメリットを聞いた。経済を学ぶ必要性を知り、モチベーションアップに活かしてもらいたい。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人
金融や経済のことは、学校ではほとんど教えてもらえない
——森永さんは経済アナリストとして活動する一方、株式会社マネネを設立し、子ども向けの金融・経済教育を推進されています。なぜ「金融・経済を教える」ことに情熱を傾けられたのですか?
森永康平:わたしが大学生や新社会人の頃、友人や同僚が金融詐欺で騙されたり、不要な保険や投資商品を買わされたりするようなことが多かったのです。しかし、わたしは「そんなことは経済合理性から見ておかしい」と分かるため、そういったものにはまったく引っ掛かりませんでした。
なぜわたしが引っ掛からないかといえば、それは頭がいいとか用心深いということではなく、シンプルに金融・経済の知識の差だったのです。わたしは、たまたま父親が経済アナリストの森永卓郎だった影響から、小学生の頃から金融や経済に興味を持っていましたし、高校時代には専門書なども読むようになっていました。
でもそれは、「とても不公平なことだ」とも思ったのです。学校では英語やプログラミングを習いますが、それらは必ずしも使わない人もいます。しかし、誰もが生きていくうえでお金と無縁でいることはできないのに、お金や経済については、家庭でも学校でもほとんど教えてもらえません。それなら、子どもたちが平等にお金や経済について学べる社会にしていこうと考え、子ども向けの金融教育事業を立ち上げました。
——子ども向けの教育としてスタートしましたが、現在では大人向けにも金融・経済を教える機会も増えているそうですね。
森永康平:企業や各種団体、メディアからも、近年の物価上昇や、金利・為替の変動など時勢が大きく変化していることを受け、「いま、なにが起こっているのか?」についてデータを使いながらビジネスパーソン向けに解説してほしいというニーズが高まっています。
金融・経済には様々な用語がありますが、大人の場合、ニュースを通じて言葉そのものは知っていますよね。ただ、「マイナス金利」「金融緩和」「インフレ・デフレ」「円高・円安」「貿易収支」など、個々の事象はなんとなくわかっていても、国内外の経済のなかで、これらがどのように連動して動いているのかはあまり理解していない人はたくさんいます。
その理屈を、現在の情勢や時事ネタと絡めながら説明すると、「だから、あのとき問題視されていたのか」と理解でき、難問が解けたようにすっきりとするわけです。また、金融や経済の仕組みがわかると、今日の経済ニュースで伝えていることの意味や背景もわかるので、ニュースを見るモチベーションも変わると思います。
経済を学ぶことで得られる、ビジネス上のメリット
——ビジネスパーソンにとって、仕事の価値を高めるうえで経済学の知識は必須だと思いますか?
森永康平:置かれる環境や職種によっても異なりますが、「あったほうが確実にいい」と思います。特に経済は、わたしたちの仕事を取り巻く外部環境そのものです。外部環境の向かう方向を知っていれば、そのトレンドや未来予測を味方につけてビジネスができます。しかし、まったく知らなければ、自分の力だけでビジネスを成功させなければなりません。
——具体的にいうと、どのようなビジネスのシーンが想定されるでしょうか。
森永康平:わかりやすい例でいえば、営業活動や企画提案です。これらの業務では、資料としてマーケットリサーチを提案の根拠とすることがあるはずです。そういった場面で、経済知識が役立ちます。
自分のアイデアや感覚、情熱だけで上司やお客様を説得しようとしても、「やるべきだというけれど、それは単に君の感想では?」といわれてしまうのがオチです。例えば、「いま、AIがブームなのでAIを導入しましょう」と情熱的にいわれても、合理性を判断するための根拠がなければ提案とはいえません。
しかし、人口動態統計などのデータを用いて、将来の労働人口の変化をデータで示し、「いずれ既存の生産能力が維持できなくなることは明白だから、現場の省力化のためにAI設備の導入を急ぐべきだ」といわれたら、納得感が変わりますよね? これが、「経済を味方につける」ということです。
あるいは、営業職の新人スタッフでは、これまでは先輩の作成した提案書やトークスクリプトをただ読み上げるだけになっているケースはよくあります。それが、経済を学ぶことで自分の提案を裏づける「引き出し」を持てるようになり、自分なりのロジカルなプレゼンテーションを行うきっかけとなります。
実際にわたしが経済環境をデータを基に解説する講演を行った企業でも、「従業員が経済環境を説明するデータを使って、ロジカルに説明するシーンが増えた」という声をいただきます。経済が自分の仕事にもつながっていることを理解できると、面白さを感じて積極的に取り入れたくなるのだと思います。
——その他にも、仕事上のメリットになり得ることはあるでしょうか。
森永康平:提案をする際に経済指標などのデータを用いることがオフェンスとすれば、提案した責任を回避するディフェンス面でのメリットもあると考えます。
どのような企画・提案した製品であれ、プロジェクトであれ、上手くいかないことは往々にしてありますよね。その失敗の責任を問われたときに、「ただの思いつき」を自分の実績や信用だけで押し込んだのであれば、すべての責任を背負うことになり、信頼失墜にもつながります。
しかし、前提として、経済指標などのデータに基づいたロジカルな根拠があれば、「確かに妥当な判断だった」と一定の理解を得ることができるでしょう。安易に提案者に責任をなすりつけられることなく、「どこに失敗原因があったのか」を建設的に模索する方向に行くはずです。
経済知識が導く、キャリア形成におけるメリット
——経済の知識を身につけることで、自分のキャリア形成にはどのようなメリットがあると考えますか?
森永康平:この変化の激しい時代において、ビジネスパーソンは会社に教育を施してもらうばかりではなく、自分で戦略的にスキルやキャリアを身につけていく必要があるのではないでしょうか。経済の知識を身につければ、自分の将来のビジョンを描くことができ、この先どのようなスキルやキャリアを身につけていくべきかが見えてきます。
キャリア形成の例でいくと、これはわたしの10年ほど前の経験ですが、日本企業で働いていたわたしに東南アジアへの赴任の話が舞い込んだのです。東南アジアで暮らすとなると、気候はまるで違いますし、言語も英語だけでは通用しません。インフラだって日本のように整っていませんから、人によっては必ずしも歓迎できる赴任先ではないでしょう。
しかし、世界経済のデータを見てきたわたしからすれば、「これは願ってもないチャンスだ」と思えました。日本は人口減少により国内市場は衰退していきますが、東南アジア諸国は人口増加の一途にあり、今後の経済成長はあきらかだったのです。
現地でビジネスの経験を得られることは、今後のキャリア形成において大きな価値を持つと思えたからこそ、喜んで赴任を受けました。実際に赴任してみると大変なことも多かったのですが、そこは期待感があればこそ、ポジティブに受け止めて頑張ることもできました。
みなさんも経済を見通せることで、今後、自分がどのような部署に身を置き、どのようなビジネスを手がけていくことにチャンスがあるかを、国内市場、グローバル市場の観点で考えるきっかけになるはずです。
——スキルの観点ではいかがでしょうか。
森永康平:デスクワーカーであれ現場のエンジニアであれ、いま持っているスキルが「時代遅れ」になる可能性は十分にあり得ます。そうならないためには、いまの仕事でスキルを洗練させながらも、新しいスキルを身につけていく必要があります。
例えば、先に述べたAIの話とも関連しますが、会社で働いているだけでは、「AIがどの程度進歩しているか」を実感することは、あまりないかもしれません。しかし、経済にアンテナを張れば、グローバルでAIビジネスが巨額の投資を集め、急激に成長していることを感じ取ることができます。そこから、「具体的にどのような領域で活用が進んでいるのだろう」と関心を持つことができますよね。
AIの向かう先や、ビジネスでの活用の方向性がわかれば、自分の仕事にAIが関わってきたときに求められるスキルも見えてくるのではないでしょうか。
——従業員が経済知識を身につけ、経済ニュースに深く関心を持つことで、企業にはどのような影響があると思いますか?
森永康平:従業員が経済に精通することで仕事の質が高まりますし、キャリア形成やスキル開発に意欲を持つことにもつながっていきます。そうした人材が増えることで、企業価値は向上していくでしょう。
また、企業のあり方や理念、方針といったものも、経済知識が身につくことで理解度や解像度が高まります。時代の変化に対応するために、社内改革プロジェクトを立ち上げている企業も多いと聞きます。自社の課題を見出すには、自分の肌感覚だけでなく、経済合理性であったり、経済の向かう方向性を理解したりするための経済の知識が役に立つはずです。