幸せの鍵は多様性にあり。幸福学が示す、激動の時代に備える新しい生き方

前野隆司まえの・たかし
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授/
武蔵野大学ウェルビーイング学部 学部長・教授

国連の発表する「世界幸福ランキング」において、日本は例年50位を下回り、主要先進国としては低位にある。だが、日本人の幸福度は本当に低いのだろうか?また、価値観が多様化するなかで、幸福を得るための鍵はどこにあるのか——。幸福学の第一人者である前野隆司氏に、科学的な研究から見えてきた「幸福の4つの因子」と、激動の時代を生き抜くために求められる新たな学びについて語ってもらった。

構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/石塚雅人

日本人の幸福度が低いかどうかは、捉え方次第

——2012年より国連が発表する「世界幸福度ランキング」において、日本の幸福度順位は例年50位以下を記録し、中国、ロシアなどを除く主要先進国では最低レベルとされています。幸福学を専門とする前野先生から見て、日本の幸福度はどのような状態にあると考えますか?

前野隆司:「世界幸福度ランキング」については、あまり気にしなくていいと思います。確かに、日本人の自尊感情や自己肯定感は世界的に見て低い傾向にあるといわれていますが、それはあくまでも国民性が関係する部分であり、不幸かといえばそうとも言い切れません。

「世界幸福度ランキング」では、アンケート調査で人生の満足度を0~10までの段階で回答してもらい平均値を国別に順位づけるのですが、回答には国ごとのバイアスがあります。

ランキング上位の北欧を始めとする欧米は、個人主義の社会です。個人主義社会では競争意識が高い一方、個人の主体性と独立性が高く、「自分らしくある」ことが尊重されます。自尊感情が高いため、自分自身のことをポジティブに回答する傾向があるのです。

一方、日本を含む東アジアは、集団主義的な社会です。こうした社会では「出過ぎたことをしない」という意識が働くため、ネガティブ気味で、少し控えめに回答する傾向があります。ですから、「幸福を感じているか?」という主観を問うデータを含めれば幸福度は下がりますが、環境や教育、福祉、安全性、所得、社会とのつながりなど、客観的なデータで幸福度を測れば日本はそこまで悪くはありません。実際に国連以外の調査では、日本は先進国のなかでも幸福度で中位につけることもあります。よって、データの取り方次第といえるでしょう。

——バブル崩壊以降、経済の停滞によって日本人の幸福度が低下しているという向きはあるでしょうか?

前野隆司:過去との幸福度の比較も同様に、データの取り方次第です。日本は確かに「失われた30年」という経済的に苦しい状況が続き、収入格差も広がりましたが、依然として世界第4位の経済大国であり、安全で豊かなことは疑いようがないでしょう。

強いて変化があるとすれば、個人の幸福に対する欲求です。かつての日本人には、女性は家に入って慎ましくあることを美徳とし、男性は文句をいわず社会のために働き続けることを美徳とするなど、個人個人の幸福への欲求は薄い傾向にありました。しかし近年では、個人それぞれによる人生の幸福を追求する考え方が広まってきました。ですから、欲求が強まれば、それが満たされない状態を「不幸」であると捉えるのは無理のないことです。

つまり、日本人だから、日本社会にいるから幸福度が低いというわけではないのです。幸福か否かを決めるのは、自身の状況に対する「受け止め方」や、心のありよう次第といえます。

「4つの因子」から考える幸福のあり方

——幸福は「心のありよう次第」ということですが、どうすればわたしたちは幸福を感じ、心の充足を得られるでしょうか?

前野隆司:幸福感の鍵として多くの人が思い浮かべるのは、「お金や地位」ですよね。生活に不自由しない財と、高い社会的ステータスは多くの人にとって幸福感につながるからです。しかし、他人との比較で価値が決まる「地位財(資産や社会的地位など)」は一時の優越感と幸福感を与えてくれますが、すぐに慣れてしまい「もっと欲しい」「あの人を上回りたい」という欲求に変わっていきます。つまり、地位財だけでは幸福感は持続しません。

そこで、幸福感をもたらすもうひとつの鍵は、「非地位財」です。これは、人との信頼関係や愛情、健康、自由、あるいは仕事のやりがいや社会への帰属意識など、他人との比較とは関係なく価値あるものを指しますが、非地位財によって得られる幸福感は、長続きします。

——前野先生は、非地位財によって得られる幸福について「幸せの4つの因子」に整理されていますよね。ぜひ、解説をお願いします。

前野隆司:幸福に関する研究は、わたしが取り組む以前の1980年代から始まり、人間が幸福を感じる要因そのものはいくつも解明されています。わたしはそこで、約1,500名の日本人に対してなにがコアになるのかを知るため、100問にわたるアンケート調査を実施しました。そして、因子分析を行った結果が以下の4つです。

——この4つの因子を幸福になるための指針とすると、自分が幸福を感じられない理由も、幸福を感じるための課題も見えてきますね。このなかで、とりわけ日本人特有の強み弱みというのはあるでしょうか?

前野隆司:先の通り、日本は集団主義社会であり「和の国」ともいわれます。世間との協調的な関係性を重視する社会ですから、「ありがとう」因子による幸福を持ち合わせている人は多いでしょう。

その反面、自尊感情や主体性に欠ける傾向があります。さらに東アジア、とりわけ日本に持つ人の割合が高いといわれているのが「心配性遺伝子」です。この遺伝子を持つ人は、楽観性に関わる「セロトニン」というホルモンの分泌量が低いとされています。そのため、なにかにつけて不安が先立ってしまい、「なんとかなる」と楽観的に考えたり、「やってみよう」とチャレンジしたり、「ありのまま」に自分の個性を発揮したりすることが苦手な傾向があるのです。

——つまり、予定調和を崩せず、自我を発揮することにも抵抗があり、また、心配性でいつも行動できないというわけですね。そういった考え方が強く、なかなか切り替えられない人はどうしたらいいですか?

前野隆司:そういった人は、「ありがとう」因子の強さからくる周囲の人との関係性を活かして乗り越えるのがいいですね。つまり、他者から背中を押してもらうのです。自分ひとりでチャレンジするのではなく、仲間を募ってチームで取り組んだり、周囲に自分のやりたいことを伝えて応援してもらったりすることが、特性を超えて行動する力となります。

これは、企業や組織におけるマネジメントの視点でも、ひとつの示唆になるでしょう。「主体性を持て」「チャレンジしよう」と伝えても動けない部下がいれば、チームとしてのサポートをするのもいいですし、上司が「わたしが責任を取るから思い切りやりなさい」と承認を伝えることで、行動を起こすための安心材料につながっていくはずです。

ジェネレーションギャップを超えて幸福を見つめる

——多くの日本人にとって、「ありがとう」因子、つまり人間関係によって得られる幸福が基礎となり得るのですね。しかし近年は、多様化する社会において価値観の違いも大きくなり、Z世代とその上世代とのジェネレーションギャップも強まっているように感じます。世代間のギャップを超えて円滑な関係性をつくるために必要なことはありますか?

前野隆司:ジェネレーションギャップはいつの時代にもあることで、世代間の考え方や常識が違うため、互いの合理性が噛み合わないことで行き違いが生まれます。現代であれば、Z世代の合理性について「堅実志向」「コスパ・タイパ重視」「協調性が高く、突出しようとしない」などで捉えようとしていますよね。

もちろん、それらは傾向としてはあると思いますが、日頃、大学で学生たちと接している立場からすると、若い世代ほど考え方には多様性があると感じています。その多様性こそが、Z世代の特性なのではないでしょうか。

Z世代のイメージ通りに堅実・安定志向の人もいれば、昭和の気風を持った野心あふれるリスクテイカーもいて、実際のところ考え方は幅広いのです。将来の夢についても、「成長してよりよい企業で働きたい」「起業したい」「大金持ちになりたい」というギラギラした人もいますし、「環境問題を解決して素晴らしい社会をつくりたい」というソーシャルグッドを志向する人もいます。人とのつながりを大切にしながらも自分を肯定し、自分の考え方や関心を主体的に実現しようとする人が多い印象を持っています。

わたしが30歳の頃、1990年にアメリカ留学をしたのですが、人生の進路が固定的で価値観も前ならえの日本社会に比べて、アメリカ社会の価値観の多様性と個人の主体性に驚かされました。あの感覚に、いまの日本の若者は近いと感じています。

——Z世代の考え方に対し、自分たちの価値観や常識から「理解不能」として否定的に捉える向きもありますが、先の「幸せの4つの因子」にあてはまる考え方を持っているのですね。

前野隆司:もちろん、なかには改めるべき考え方や人格の人もいるでしょう。しかし、肯定的に捉えてみることはとても大切です。例えば、「若者はすぐ会社を辞めてしまう」という問題は企業からすれば悩みの種であり、「やる気がない」と見なす向きもあります。しかし、見方を変えれば「多様な選択肢のなかで、自分に最適な場所に身を置きたい」という自由選択の意思なのです。

多様な価値観を持って自分を尊重し、自由に選択・行動する若者世代の姿は、まさに幸福を実現する生き方であり、いま企業が実現しようとする「ウェルビーイング」のあり方です。さらに、若者たちの生き方、考え方は、わたしには激動の時代に備えているようにさえ見えます。

——「激動」とは、具体的にどういうことを指すのでしょうか?

前野隆司:まず、AI(人工知能)の進歩です。一説によれば既存の職業の半分はAIに取って変わるともいわれます。それは逆をいえば、半分の仕事が新しく生み出され、ビジネスチャンスにあふれたイノベーティブな時代になることを意味します。そのとき、既存の価値観にとらわれて柔軟な判断や行動ができない人は、確実に時代から取り残されてしまうでしょう。

また、環境問題、貧困問題、国際紛争、パンデミック、少子高齢化など、現代は資本主義250年間の歪みが激しく露わになってきています。こうした社会問題を、引っ込み思案で安全な場所にいてやり過ごす人たちには解決することができません。嵐のなかに出てアクションを起こし、多様な考えを認め合い、互いの幸福を尊重できる生き方であり考え方が必要です。つまり、ウェルビーイングを備えた人間が求められるのです。

——そのことを踏まえると、なおさら上の世代は若者を否定している場合ではなく、むしろ若者への理解がウェルビーイングにつながるといえるでしょうか。

前野隆司:その通りです。自分の古い価値観に拘泥して、若者とのジェネレーションギャップに戸惑っている場合ではありません。若者の考え方や行動を知り、触発されること。それこそが、自分自身の幸福やウェルビーイングについて考える契機になり、これからの時代をタフに生き残るための素養となり得るのです。

前野隆司 まえの・たかし
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授/
武蔵野大学ウェルビーイング学部 学部長・教授

1984年東京工業大学(現東京科学大学)卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。武蔵野大学ウェルビーイング学部長兼務。博士(工学)。著書に、『ディストピア禍の新・幸福論』(2022年)、『ウェルビーイング』(2022年)、『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸せのメカニズム』(2013年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(2004年)など多数。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。

前野隆司
前野隆司 まえの・たかし
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授/
武蔵野大学ウェルビーイング学部 学部長・教授

1984年東京工業大学(現東京科学大学)卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。武蔵野大学ウェルビーイング学部長兼務。博士(工学)。著書に、『ディストピア禍の新・幸福論』(2022年)、『ウェルビーイング』(2022年)、『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸せのメカニズム』(2013年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(2004年)など多数。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。