正しく褒める、正しく叱る。部下の心を動かすコミュニケーション術
「パワハラ、セクハラに代表されるハラスメント意識の向上によって、かつて存在した、上下関係を重視した強権的なコミュニケーションは見直されつつある。一方で、ミドル層やマネジメント層からは、「若い世代との話し方に迷う」「部下への指示の仕方がわからなくなった」という声が多く聞かれる。この状況に対し、コミュニケーション戦略研究家である岡本純子氏は「企業の経営課題として、コミュニケーションのリスキリングを行うべき時期にある」と語る。いま求められる、社内コミュニケーションの刷新について聞いた。
構成/岩川悟 取材・文/吉田大悟 写真/塚原孝顕
コミュニケーションのリスキリングで組織を動かす
——近年、企業ではハラスメント防止策が進んでいますが、まるで副作用のように、ミドル層以上やマネジメント層から「若手や部下と、どうコミュニケーションを取ればいいかわからない」という声が聞かれます。コミュニケーションの専門家として、この状況をどのように見ていますか?
岡本純子:前提として、ハラスメントは言語道断ですが、その撲滅のために企業内のコミュニケーションが停滞してしまう残念な状況が生まれています。企業経営は、コミュニケーションがすべてといっても過言ではありません。いかに経営層がビジョンや方針を掲げても、組織のコミュニケーションが停滞していれば末端まで浸透しません。また、経営層や管理職が決断したことを部下に伝えて動いてもらうことができなければ、決断の意味はないでしょう。
コミュニケーションが闊達であれば、そこで働く従業員にとっても人間関係を築きやすく、心理的安全性を得られます。自分がなんのために働いているのか、成長できているのかを知ることもコミュニケーションあってこそですから、エンゲージメントにも関わる問題です。
——そもそも、なぜハラスメントは起こってしまうのでしょうか?
岡本純子:最近では、大企業を中心にフラットな組織風土に変わってきていますが、日本企業のベースはタテ社会です。部長、課長といった職位で上下を明確にし、トップダウンで人を動かす組織ですね。
それが効果的に成立したのは、終身雇用制度であり、また人材も豊富だったから。長期雇用という安心感を得る代わりに、社員は「上意下達」を受け入れたのです。「人材はたくさんいるから、別にひとりやふたり辞めてもらっても構わない」といって、高圧的になる上司も少なくなかったでしょう。決裁権を持つ上司や幹部の命令は絶対となり、畏怖の対象となる実質的な身分社会だったわけです。実は、こうして「恐怖」や「怒り」で人を動かすのはある意味、効率的な方法です。
画一的で同一な製品を生みだしていればよかった大量生産、大量消費の高度成長時代には、ときとして恐怖心を煽って統率することで、社員がロボットのように一糸乱れず動く、軍隊的組織は効率が良かったのでしょう。
もはや、そんな恐怖訴求コミュニケーションは現代では通用しませんが、そうした昭和型のコミュニケーションスタイルが染み付いている人材はミドル層以上に多くいます。あるいは、気をつけていても、ふとしたときにむかしの感覚でものをいってしまうのでしょう。
——そうした強権的なコミュニケーションを受けてきた人たちは、上司や先輩としてのロールモデルを失い、コミュニケーションの方法に迷っているのでしょうか。
岡本純子:「人の気持ちを動かしたり、行動を変えたりするためには、相手の感情を喚起すること」が必要です。「恐怖」訴求は、その感情喚起のもっとも原理的な形ですが、そうしたコミュニケーションができなくなり、他にどういった方法で相手の心を動かせばいいのかがわからないのです。つまり、「〇〇ハラ」コミュニケーションに代わる、新しいコミュニケーションのカタチがわからない。
そうした背景がある以上、ハラスメント通報制度などで罰するだけの施策を打っていても根本解決にはなりませんし、コミュニケーションは滞るばかりです。そればかりではなく、コミュニケーションのリスキリングを企業が従業員に対して行っていくことが大切だと、わたしは考えます。
コミュニケーションの基本は「SPECIAL」を押さえること
——では、その昭和型コミュニケーションを具体的に、どのようなコミュニケーションに変えていくべきなのでしょうか。
岡本純子:役職者であれ先輩であれ、自分を「目上」として考え、上から目線にならないことです。仕事だから、組織だからといって、「上司・先輩の指示は聞いて当然」「自分は尊重されるべき」という考えを一旦は忘れ、お互いにリスクペクトする、よりフラットな形のコミュニケーションのあり方を考えてみましょう。
その具体的な方法として、わたしは「SPECIALの法則」というメソッドを伝えています。以下の7つのポイントを押さえることで、部下の行動変容を促しやすくなります。
基本的な考え方として、「上から目線」にならないこと、抽象的になり過ぎないこと、より相手が動きやすい言葉に変えるために、コミュニケーションの手間を惜しまないことです。
「S」から順に説明しましょう。「しっかりやってね」「徹底的に」「なるべく早くね」といった曖昧で抽象的な言い方は、相手にとってはどのような行動が求められるのかイメージしにくいものです。「いつまでに」「なにを」「どのように」やってほしいのかを具体的にすることが必要です。
そして「P」は、高圧的な命令ではなく、提案や問いかけの伝え方を心がけることです。「~をしなさい」ではなく、「お願いできる?」「~してほしいのだけど、どうかな?」というように、相手に判断をゆだねる言い方に変えるのです。相手は「押し付けられた」と感じるのではなく、自ら、その行動を選び取ることで、主体性を持って動きやすくなります。語尾の言い方ひとつで相手の受け取り方は劇的に変わります。
「E」は、過去の行動をねちねちと責めても意味はないので、なるべく「未来の選択肢」として提示していくということです。失敗の原因など過去のことを「なぜ? なぜ?」と蒸し返しても、行動は変わりにくいでしょう。「あなたは、次になにをするか?」という未来の行動の選択肢を両者で討議するほうが、より生産的です。
「C」は理由や目的の説明です。業務の依頼であれ、改善要求であれ、「なぜ、それが必要なのか」について合理的に説明することで、相手は納得して動いてくれるようになります。
続いては「I」。「君って〇〇だよね」という具合に相手の人格否定などをするのではなく、「I(feel)」「〇〇してくれたら嬉しい」「ありがたい」などと、自分の感情を伝える方法です。「A」は「肯定」で、なんでも「ダメ出し」「否定」ではなく、なるべく肯定的な物言いに変えていきましょう。
最後の「L」は、敵意ではなく、好意や信頼を前提とすることです。「だから君は駄目なんだ」「君はまったく信用できない」という敵対的で関係性を拒絶する言葉では、相手は反感を覚えるだけです。そうではなく、「あなたを信頼している」「あなたならできると思っているよ」「困ったことがあればサポートするから、気軽に相談してほしい」といったように、自分は味方であり、仲間であり、支援する好意的な存在であることを理解してもらわなければなりません。
この「SPECIALの法則」は、あらゆるコミュニケーションに応用できる基本的なメソッドです。
「叱るは正義」という考え方を捨てよう
——部下や後輩との対等な関係性において、コミュニケーションを図る重要性が理解できました。ただ、こうした相手の感情への寄り添い方を「甘やかし過ぎる」と考える人も多いのが実情ではないでしょうか?
岡本純子:間違えていただきたくないのですが、古めかしい昭和の「通達」「命令」カルチャーを変えるべきといっているのであって、「甘やかす」ことを推奨しているわけではありません。ただ、実は、実効性のないコミュニケーションの最たるものは、「叱る」という行為です。
「叱る」という漢字は、「口で縦横に切りつける」を意味しています。目上の者が目下の者に行う懲罰であり攻撃的な行為です。生物学的に見ても人間は集団生活をしてきた動物ですから、「叱られる」ことは心理的に「群れから放逐されるリスク」、つまり、死の恐怖につながります。よって、相手は本能的に反発して戦おうとするか、その場をなんとか逃れようとする、もしくは耳を貸さないという結果になりやすいのです。
人を意図的に傷つける=「叱る」という行為は、部下の行動変化に結び付かないだけではなく、唯々諾々と、自分ではなにも考えないロボットのような部下を量産する結果を生むことになりかねません。そして長期的な関係性を毀損することになります。
わたしは、昭和的な「叱る」をアップデートすべきだと考えています。意図的に傷つけなくても、相手の行動を修正することは可能です。
——では、注意や指摘をするにはどのように伝えればいいのでしょうか。
岡本純子:なにが悪くて、なにをすべきなのかを具体的に、そして、相手が主体的に動くように伝える前述の「SPECIALの法則」を是非活用してほしいですね。
また、叱責のネガティブな印象を薄めるために、褒めて叱って褒めるという「フィードバックサンドイッチ」の手法が紹介されることもあるのですが、これは科学的には効果が薄いとされており、それよりも、ポジティブなフィードバックとネガティブなフィードバックはきっちりと分けたほうがいいとされています。
「褒める」という行為も、ただの甘やかしにならないように、もっと科学的エビデンスを持って行う必要があります。この「褒め方」にもきちんとした方程式、方法が存在します。これらは、手間と時間のかかるものに思えるかもしれませんが、こまめに行うことで習慣化され、実はそれほど難しいものではありません。社内のコミュニケーションサイクルを仕組み化し、スピードと質と量を高めていくことが大切なのです。
——最後に、こうしたコミュニケーション指導を企業で行う場合、どのようなプロセスで進めていくのがいいと考えますか? アドバイスをお願いします。
岡本純子:「シャンパンタワー」と呼んでいるのですが、トップを起点に上位者の言動や振る舞いを部下は見習い、踏襲していくものです。ですから、まず役員レベルからコミュニケーションを見直し、管理職、一般社員へとその輪を広げていくことをおすすめします。
強権的なコミュニケーションで企業を牽引するトップも、もちろんまだいますが、Microsoft、Google、Appleといったような世界を代表する企業がそうであるように、いまトップやリーダーは共感型のコミュニケーションに移行しています。その流れは日本でも同様です。一刻も早く昭和型コミュニケーションから脱却して、アップデートし、事業成長を加速させていきましょう。